54回
まさか?と思うような正人さんの手の動きに、止めて!と叫んだのは心のなかだけでした。一気に快感の渦に巻きもまれて一層強く正人さんにしがみついて、口づけを受けていました。
<私は男なの?それとも女なの?>そんな疑問が思わず出るほど私は二つの喜びを体の上半分と下半分の体で受け止めていました。
時間は消え去っていました。初めての男性に抱きとめられての経験が私を夢中にさせていたのでした。
「ママ来て~」ミカちゃんの甲高い声も遠くからのようにしか聞こえませんでした。
「ママ~来て、来て~」今度は泣き声のように甲高い声が聞こえて我に返ったのです。
「ごめん、正人さん」
正人さんを押しのけたとき、言った声がかすれているのが自分でも分かります。
「悪かった、あきさん」
正人さんの言葉を背中で聞いて、濡れたスリップも忘れてミカちゃんの部屋に入ったとき、ママになっていました。
「ミカちゃんどうしたの?」
「髪が解けないの」
「あらほんとだ、くしゃくしゃになっている」
ミカちゃん風呂から上がって、髪を束ねてお下げにするつもりだったのでしょう。でも髪を洗って濡れた髪を束ねて二本にするのが互いに髪がねじりあって、櫛が通らなくなっていたのです。
「ミカちゃん髪は乾かしてからでないとだめなのよ」
鏡台のドライヤーの電源つないで作動させて髪を乾かします。
ブーンと音をさせながら暖かい風を当てて、ふと前の鏡見るとミカちゃんの笑顔が写っています。
嬉しさいっぱいという感じの笑顔に気が付いたのです。
<そうだったのだ~。ミカちゃんは、こうしてお母さんに髪解いてもらっていたんだろう>今、再びそれがよみ返った喜びの笑顔なのだと~私は悟ったのです。
ミカちゃんの髪を解きながらそのとき思ったのです。ミカちゃんのホントの母親になろうということを。
寝巻のミカちゃんを布団に入れて、ミカちゃんにねだられ添い寝をして寝息を立てるまで横にいました。
私もバックから着替えをだして、
リビングに行くと正人さんはテーブルにビール瓶を並べて飲んでいました。アテはと思ったら、夕食の残り物を並べています。
「あきさんありがとう。ミカ寝ました?」
「はい、矢張り病院から戻って安心したのでしょうか?コトンと寝ました」
「いや、そうかもしれませんが、あきさんがそばで居てくれたので安心したのですよきっと~」
「そんなこと言ったら正人さん私帰れなくなります」
答えながら顔が火照ってくるのです。さっきの風呂場でのことが思い出されて恥ずかしさがこみあげるのです。
「ほんとは僕もそうして欲しいのです。とにかく座ってください。ビール飲みながら話しましよう」
言われて、後の展開がどうなるか?ふと想像して緊張するのだけど、期待する気持ちがそれに勝って座ると、正人さんにコップにビール注いでもらう私です。
乾杯すると正人さんは改まった表情になるのです。
「あきさんさっきはすみませんでした。ついあきさんのあまりにもセクシーな姿に虜になってしまって。でも、その場限りの気持ちではありませんから、母にも話してきちんとした形であきさんにプローボーズしますから。」
「ええ~プロポーズて正人さんいいのですか?私は~」
後の言葉は分かっていても言えません。歓喜に包まれながらも、矢張り不安なのです。正人さんは分かっているのだろうか?結婚なんてできない、祝福されない私なのに。一時の気持ちで安易にプロポーズできることでないのを。嬉しさの反面、疑問が不安となってついて回るのです。
「ああ、あきさんの女装のことですか?心配しないで。これでも女装さんのことちゃんと調べて、女装さんと対応する知識も理解しているつもりです。法律も認めていないことも承知です。周囲の祝福などなくてもあきさんと一諸に住んで、あきさんを奥さんにすればミカも僕も幸せなのです。」
「そんな簡単なこと言って正人さん、私は社会の偏見や無理解がどんなものか?私は
女装子さん達見て知っているのです。男同士の結婚などありえない、いえ、男が女になるなんてとんでもない。と、家族の反対で女装をやめたり、奥さんに離婚された女装子さんがいるのを私は見てきたのですよ」
「それはあきさん僕も覚悟していることです。でも周囲がそうであっても、僕はあきさんを愛している。それだけです。性別がどうか?なんて関係ないでしょう。人と人が愛し合うのに性別でなぜ区分けされなくてならないのか?男と男が愛し合うのは男と女が愛し合うことと違いはありません。それに言っときますが、僕はあきさんを女性と思って愛している、あきさんは自分を女性と思っているのでしょう?ぼくはそれを認めます。それで充分でしょう」
嬉しさが一気に私を包み込みました。
正人さんがそこまで考えて私を愛してくれていたのか。歓喜の坩堝<るつぼ>のなか私は心の内で今の正人さんの言葉を反芻していました。
すると涙がポロポロ出てくるのです。
「正人さん嬉しい~うれしい~」
立ち上がるとテーブルを回って正人さんに抱きついていました。
「あれ~あきさんからキッスしてくれるの?」
びっくりしたような正人さんの声が耳元で聞こえたけど、私は気にもとめません。
口元を寄せてキッスをせがんだのは、この嬉しさを正人さんに伝えたかったからです。
でもなぜか正人さんのキッス返しは軽いものでした。
さっきのお風呂場の脱衣場での官能をともなう激しさがありません。
<なぜ?>正人さんを見つめます。
「あきさん帰ったほうがいいよ。これ以上あきさんと居ると持たなくなる。土曜日の新婚旅行で夫婦になる時まで僕は待ちたいのでね」
「ええ、正人さん土曜日に私達夫婦になるのですか?」
「そう、公<おおやけ>に認められなくても私達だけで夫婦になるのです」
「正人さんありがとう。私、いい奥さんになります。ミカちゃんのいいお母さんになります」
堰<せき>を切ったように私の想いを伝えると、正人さんから離れました。
「ミカちゃんの寝顔見て帰ります」
伝えて隣のミカちゃんの部屋に入りました。
ミカちゃんは暑いのか、毛布を半分蹴とばして男の子のように万歳して寝息して寝ていました。
でも女の子です。ほっぺたを赤くしてすべすべの皮膚の可愛い顔立ちです。
毛布を掛けてやり、顔寄せてほっぺたに軽く唇を付けました。
この可愛い子のママに私はなるのだ。娘のような若い母親だと言われてもいいのです。ミカちゃんから慕われるママに~良いお母さんになります。
心のなかで寝ているミカちゃんにささやきました。
リビングに戻ると正人さんにうなずきました。
「寝てますか?」
「はい、毛布蹴とばして熟睡して、元気です」
「ママができて安心しているのですよ」
「明日からママ役頑張りますね」
「ありがとうあきさん。お願いします。土曜日には僕の番で奥さんができます」
「私は奥さんになるのですね」
正人さんと笑顔見せあって、肩に手をかけられて玄関にでます。
「駅まで送ります」
「ダメです正人さん。ミカちゃんを一人にできません。」
「じゃ、エレベーターまで」
廊下に出ると住人の気配がなくてホットします。
エレベーターの前にきて、正人さんがボタンを押します。
「じや正人さん明日早くまた来ます」
「お願いします。気を付けて帰ってください」
エレべーターが着いて乗り込んで振り向いたら、正人さんが後に付いて乗り込んでくるではありませんか。
「正人さん~」
「会社の入口まで行きます。別れたくないのです」
「もう、入口から外はダメですよ。大丈夫ですから」
話しているとエレベーターの扉が閉まって動き出した途端。正人さんに引き寄せられ抱かれました。今度の正人さんのキッスは熱いものでした。
私の口の中に正人さんの舌が入って、なぞられるのです。
絶対離さない。
そんな想いが伝わるようなキッスと、強い力で抱きすくめられました。
エレベーターが一階について止まっても、正人さんの抱擁は解けませんでした。
そして私もまた、正人さんの腕の中でこの熱い想いが何時までも続きますように~と願いながら、官能が全身を駆け巡っていく喜びにわなないていたのです。
<続く>