㊾
正人さんと病室に戻ると、ミカちゃんは膝を抱えて窓の外を見ていました。
部屋に入ってきた私達を見てミカちゃんの表情が一気に明るくなります。
「ママお帰りお医者さん帰れると言ったでしょう?」
「そうよミカちゃん。明日ママと一諸に帰りましよう」
「ママお家にくるんだね」
「そうだよミカ、ママは社宅に少しの間だけど来てくれることになったよ。パパが仕事に行ってもママが居てくれるからパパも安心だ」
「ママ本当?ミカとお家に居てくれるの?」
「居ますよ。パパさんが言うように少しの間だけどね」
「ずう~とじやないの?」
「仕方ないの、ママもお仕事があっておれないのよ」
「ミカの家からお仕事行けばいいでしょう?」
「そうもいかないの、ママも家があるから帰らないといかないから無理なの」
「ミカ!ママをあまり困らしたらだめだ。ママに無理言ったら来てくれなくなったらどうするのだ」
「そんなの嫌だ。ミカはママ困らさないからママ~ミカの家に来てね~」
べそかいて涙が出そうな顔になって私を見つめるミカちゃんに、私も可哀そうになります。
矢張りこの子には私が必要なのだと思うのです。
「ミカが言うこと聞いてくれてわがまま言わなければ、ママは家に来てくれるよ」
正人さんはミカちゃんの頭をなぜて言い聞かします。
「うん、おとなしくしている」素直に答えるミカちゃんはなにか神妙な態度です。
「じゃママとお話ししてくるから待っているんだよ。病室から出てうろうろしてはダメだぞ」
「うろうろしない。ベットで居る」
正人さんに念押しされて、うなずくミカちゃんに安心して私は正人さんの後に続いて病室を出ます。
「あきさん病院の談話室でもいいのだけど、日曜は面会の人がいるから外に出ましょう」
「そうですね。隣に人が座っていたら気になります」
答えたけど、でもここは山のなかです。外に出ると言っても正人さんはどこで話するつもり?まさか外での立ち話するのだろうか?不審に思いながらも問い返しせずにあとに続きます。
救急室の入口から外に出ます。広い病院の駐車場には面会の人の車が並んでいます。
<ああそうか、正人さん車で来たのだ>気が付いたのも束の間です。
でも正人さんは車の列を抜けて行くのです。
正人さんは森の茂った樹木の端まで広がっている駐車場を進んで行きます。
目に入ったのは車のこと分からない私でも気が付く、ひときわ目立つ高級感感じさせる大型の車です。外車だと分かります。
正人さんはその車の扉の鍵穴に鍵差し込むのです。
「あきさんどうぞ~」
扉を開けて言われてなかをのぞいたら、驚きます。広い~座席が向かいあって座れるのです。
「これ正人さんの車ですの?」
乗るのをためらって、振り返り正人さんに問います。
「いや~会社の仕事用の車です。今日は伊丹空港に外人のお客を送っての帰りですから」
破顔した正人さんは、こともなげに答えます。
「どうぞあきさん乗って~」
言われて頭屈めて乗り込みます。
ふわり~と包み込むような感触で座ると、横になって寝られる広さの座席はまるでベットです。
<真ん中で座って~>正人さんに言われて動くと、向かいの座席に正人さんが滑り込んで向かい会って座ります。
「正人さん凄い豪華な車です」
「そうなのですが、でもガソリン垂れ流しです。まあ、サラリーマンが持てるような車じゃありません」
苦笑いする正人さんに、そうだったと気が付いて、病院で言われた正人さんの話しはなになのか?思って首傾げて見つめます。
「ここなら気にせずに話できるでしょう」
言いながら正人さんに手をとられたのです。大きな手が私の手を包み込みます。
「実は週末まであきさんに社宅で私達と暮らして貰うつもりでした。ミカも、もちろん僕もそれを願っていたのです。ところが母に云ったら叱られました。結婚前の娘さんを家に泊めるなどとんでもない、娘さんに傷つけることです。不謹慎だからそれはやめなさい。て、まあ、常識的にはそうなので諦めました。でもそれではミカが泣きますから、あきさんに昼間だけ週末まで家に通っていただけませんか。勝手な言い分ですが、あきさんがミカの為に休暇を取ってもらったことに甘えてお願いします」
頭下げる正人さんに言われると、嫌と言えないどころか嬉しい気持ちが先立ってくるのです。
「アハハ通いママですか?いいですよ。お母様にそこまで心配してもらって嬉しいです」
「通いママ?たしかにそうです。本当に勝手ですがお願いします。その代わりと言うわけではありませんが、土曜日の午後から待ち合わせして僕と付き合ってくれませんか」
いよいよです。正人さんに私を知ってもらう時が来たような感じです。でも私は今でもまだ正人さんにカミングアウトする勇気はもてていないのです。
「付き合うて~どんなことですの?」
われながら下手の問い方だと思いながらも、深入りすると正人さんは私を追い詰めるような返事をしてきたら~と思うとうかつに根ほり聞くのが怖いのです。
「まづ芦屋のレストランで早い夕食をして、それからドライブです。京都の紅葉の夜景を見に行きます。嫌と言わないで下さいよ」
「嫌とは言いませんけど、遅くなっても帰らしてくださいね」
「どうしてです。あきさんが僕を嫌いならはなからお付き合いしてくれないでしょう?本音で言います。ミカと同じように僕もあきさんとこれからず~と一諸に暮らしたいと思っているのです。」
「そんな~」
唐突に言われた直截な正人さんの告白ともいえる言葉~ストレートな告げ方に後の言葉が出てきません。
「あきさんすみません驚かして。でも僕は真剣な気持ちで言っています。一時のお付き合いとは考えていないのです。ミカと一諸に暮らしてくれませんか?僕だけでなくミカもそれを望んでいます」
正人さんの追い詰めるような告白に、逃げ場のない感じにさせられます。
<カミングするのよ>由美さんの声援が聞こえるようです。たしかに今、カミングアウトするとき~それは分かっているのです。
でも言えないのです。その言葉が~
言って、正人さんがショックで言葉も出ない情景を思い浮かべると、私は自分の居場所がなくなるような気がします。
「ミカちゃんの望みは分かっています。私がママ役することも嫌ではありません。でも一諸に住むことはできません。なぜかということは言えないのです。正人さんも花火見物の時、言いたくなければ言わなくていいと、言いたくなった時言えばいいと言われたことに甘えます。今、私の言えるのは、私にはそんな資格はない~それだけです」
「どうして資格がないなんてあきさん云うのです。僕があきさんを望んでいる。それでいいではありませんか?あきさんが今も言いたくない気持ちがあるならそれは尊重します。いや僕は知る必要ないことですから。」
素敵な笑顔で向かい合う座席から身体<からだ>乗り出した正人さんに、なぜか観念した気持ちになる私です。
でも不思議さを覚えていました。
<正人さん、一諸に住もうとは言うけど、普通は告白では婚約したい。とか、結婚したいと言われることなのに正人さんはそれを言わない。それなのに一諸に住みたいと~どうして?>
疑念より先だって不思議さを覚えるのです。
<続く>