言ってしまってから、ああ、内心声が出てるのを息止めて言葉にするのをやめたのです。

 <正人さんを愛している>言ってはならない言葉です。

 いくら正人さんに<愛している>と打ち明けられても、なんども言っていることです。女装子では結婚どころか恋人にだってなれる筈ないと、自分に言い聞かせてきた私です。

 

 正人さんはノンケさん、男性との関係を持つことなど考えない人です。

 そんな男性に女装子の私が<愛している>なんて言えることではないのです。

 たとえ死ぬ思いで勇気ふるって正人さんに告白できたとしても、正人さんを驚かせて、さよなら の言葉が返ってくるのは間違いないと思うと、その恐ろしさに耐えられない自分を思ってしまうのです。

 

 私の告白に由美さんも、優子さんも唖然とした顔つきで私を見つめて黙っているのに、<矢張り言うことではなかった~>後悔が私を占めるのです。

 言葉を失い黙り込む私に釣られたのか、二人は沈黙して、なにか重苦しい雰囲気が漂います。

  でもそれはつかの間でした。

 笑み浮かべて沈黙破ったのは由美さんでした。

「良かったじやない、あきさん私達もお節介した甲斐があったわ」

祝福の言葉をもらって、本当なら嬉しくなるはずです。でも今の私には悲しみの祝福にきこえるのです。

 

 

 「ありがとう。でも、由美さん私、正人さんともう会いません。正人さんのこと諦めます」

 ええ~私の言葉に由美さんも優子さんも声上げます。

 「どうして?せっかくここまできたのに?あきさん貴女何考えているの。私達のしたこと気にいらないとでもいうの?」

 驚きと怒りがない混ぜたような顔つきの由美さんに睨まれて私もあわてます。

 「ゴメン、そうじやないの由美さん。私、自信ないの~由美さんの言うように正人さんにカミしても、それができなくて私の本当の姿知られることになってしまったとき、正人さんが私を受け入れてくれるとは思えないの。そのとき私、自分の受ける傷が怖いの。だから正人さんを愛してはいけないのよ」

 

「あきさん、貴女は仕方ない甘ちゃんね~あのね、言っておきますけど貴女の悩みと同じ経験を女装子さん達しているの、それでもそれを乗り越えて男さんを愛しているのよ。

 よく聞きなさい。仕事の関係で東京と大阪で離れることになっても、月に一度互いに新幹線に乗って名古屋で会う瀬をしている女装さんもいるのよ。

 たとえ女装子でも、女でいると思うなら、男と女と変わりないと思いなさい。なにが怖いのよ。男と女互いに愛し合うなら怖さなど乗り越えられるでしょう。愛し合うということは信じあうということよ。正人さんを信じるのよ」

 由美さんは励ましてくれるのだけど、なにか発破かけられているみたいにも思えるのです。だって由美さんは次からつぎと私が会うたびに違った男さんと一諸でいるのを見ているのですから、それでも愛し合っていると言うことなのか?なにか違うような感じだと思うのです。

 そういえば優子さんだって似たようなものです。

 優子さんは良く言うのです。<会うは別れの始まり>て、でもそれは男さんとのハンター楽しんでいるみたいと思っうのだけどね。

 

 由美さんは正人さんを信じなさい~と言ってくれるように私は正人さんを信じたい気持ちはあるのです。

<愛している>その言葉に嘘はないのはたしかと、私は信じているのです。

 でも、それは私を純女として私を見てのことという前提です。私が女装子となれば正人さんの私を見る目も違う筈です。

 それを確かめるには結局由美さんの言うように、正人さんにカミングアウトするしかありません。でも私にはそれをする勇気がないとなると、傷を負う前に正人さんから離れるしかないということが私の答えでした。

 

 でも、その説明、私の危惧を、気持ちを由美さんや優子さんに言ったところで、理解してもらえるとは思えないのです。だから話を変えたのです。

 

 「でも由美さん、正人さんも言ってましたけど、ミカちゃん由美さんとは初めて会ったばかりなのに正人さんや私と離れて由美さんについて行ったのが不思議で仕方ないのです。一体どんなこと言って連れて行ったのか?」

 「ふふ~あきさんそれは年の功。伊達に長く女装子やっていないわよ。ミカちゃんにね<パパがねママと一諸に住もうとお話しするの。ミカちゃんがママと一諸に住みたいなら、パパにお話しさせてあげるのにお姉ちゃんと行こうね>そう言って聞かせたら、ミカちゃん嬉しそうににこっと笑って頷いたということ」

「ええ~そんなこと由美さん言ったのですか?困ります。ミカちゃん私と離れなくなるじゃありませんか」

「どうして困るの?ミカちゃんの為にも正人さんと暮らせばいいじゃないの」

 もう、由美さん一つも私の悩み分かっていない。私の覚悟に水差すようなことして~それができるぐらいなら言われなくても、正人さんの誘いに返事しています。

 

 胸のうちでぼやいたけど、口には出せません。由美さんは私に良かれと思ってのことと分かっているだけに言えないのです。

「由美さんは分かっているでしょう。私が女装子とは正人さんは知らないのですよ。知ったら一諸に住むなんて言う筈ありません」

「だから初めから言っているじやないの、カミウングアウトしなさいて。そしたら正人さんどれだけ本気にあきさん想っているかわかることでしょう?」

 

ああ、また堂々巡り~由美さんは簡単に言ってくれるけど、それができるなら悩んだりしません。言い返したかったけど、言ってもそのやり取り自体堂々巡りになるに決まっていると思うと、黙り込むしか道がないと考えてしまうのです。

 

「あきさんこれから大変だけど、貴女は純男さんに愛されて、ともに住んで子供まで授かるのよ、そんな素敵なこと女装子には叶えられない夢を叶えられるのは~オーバーな言いかただけどあきさんは希望の星になるのよ」

「由美さんそれは違うの、希望の星なんて~恥ずかしいこと言わないで、希望の星なんて私はなる気なんてないのだから~」

「気にしないの、貴女が言うのじゃないの、私達が言っているのだから」

そうよそうよ~と優子さんまで横から口挟むのです。

 

 まるで聞く耳持たない二人に、なぜこんことになるのか?うっかりというのか、軽率に正人さんへの想いを口走ったことが悔やまれます。

 この調子では、話は瞬く間に女装クラブの女装さん達に知れ渡るに違いないのです。

 正人さんとのお付き合いは辞めよう~覚悟を決めたのに、この二人はそれを許してくれないのです。いえ、人のせいにしてはいけないのだ。私の意志が弱いから流されるのだ。

自分に言い聞かせているけど、自分でも嫌になるくらい揺れ動くこの気持ちはまだ正人さんへの未練を断ち切れていない証<あかし>かも知れない。

 心の奥底に想いが居座っているから、さっきのように<正人さんを愛している>と口走ってしまうのかもだろうかと考えると、脳裏に正人さんに口づけされたあの忘れられぬ甘美な瞬間の記憶がよみがえってくるのです。

 

 

 あれを思いこれを思い~由美さん達と離れてまたカウンター席に戻って、ビールから水割りにして喉に流し込みます。酔いのの力でこのどうにもならない気持ちの鬱積を抑え込むしかないのです。。

 

 「大分悩みが深そうね、あきさん」

 耳元でささかれて我に返りました。だれ~?

 横に座ってきたその人を見て、誰なの?そんな目つきで見たものです。

 「ふふ~分からない?」

 嫣然<えんぜん>と笑み見せたその人の声聞いてあっ!と思い出したのです。

 「静さん~」

 メイクの先生のスタジオでお会いして、着物の話を聞かしてもらった着物美人の静さんです。

 それが今度は紫の半そでのドレス姿で胸元見せる肉感姿姿ですごくセクシーな印象。ウイッグの上にウイッグ?高く盛り上げた髪を引き立たせる、白くメイクして大きな目元、鼻筋が通って、これはもう高級バーのマダム。

 そんな印象だからすっかり見間違えてしまったのです。

 

 「人様のブライバシーだから聞く気はなかったのだけど、貴女達の会話が自然と耳に入ってきたの。それが知らない人ではなく貴女だったので気になって聞いていたというわけなの」

 「恥ずかしい。こんな場所で話すことではなかったのですけど」

 「そんなことは気にしないで。私、貴女の話を聞いていて、若いて本当に素敵~とつくずく思ってしまったの」

 笑顔で話しながら静さんは、私の手を取り両手で包み込むように重ねるのです。

 「私ね、貴女の話に感動していたの。年の離れた子持ちの男性が好きになって、愛していると言われて、それに答えたい気持ちがいっぱいあっても、女装子では男性を失望させ、自分も傷つくこと恐れて答えることできない。離れるしか身の処し方がないと決意しているけど、男性への想いを断ち切れない。

 なにか映画の物語みたいで、初々しくて私、年配の者として貴女にアドバイスしたくなったの。いえ、私の言うことに従えといっているのじやないの。参考にしてくれるだけでいいの。貴女の進む道の選択は貴女自身で決めることなのだからね」

 静さんの話を聞くうちに、私は光に照らされる気分になったのです。

 答えのヒント貰えるかも知れない。そんな希望が湧いてきたのでした。

<続く>