優子さんは自分のこと棚に上げて<カミングアウト>することをなんでもないように言うけど、私は自分の口からは絶対カミングしないと、誓っているのです。

 正人さんに<私は女装子です。性はほんとは男です>そんなことどうして言えるの?

 気安くカミング押し付ける優子さんや、優子さんの<カミング>の断定を否定しない由美さんが恨めしくなります。多分二人とも女装子と承知で相手にする男性しか知らないから、正人さんを同じように見ているのかも?

 

 いえ、由美さんはそうじゃない、正人さんのこと分かっている筈です。

 発展場に来る男性とは違う女装の世界を知らない男性であることを、いわゆる女装さん達のいうところの<ノンケ>の男性と知っている筈です。

 なのにどうして由美さんは私の<カミング>することを否定しないのか?

 疑問が解けません。

 

 「でも由美さん正人さんは私が女装子と知らないことからの意志表示でしょう?私のホントの姿知ったら~

正人さんの気持ちが変わって当然でしょう。だのに私からわざわざカミングをなぜしなくてはいけないの?」

 

「そうね、それもありかも?ノンケのひと<男性>だったら普通は腰引くでしょうね」

「でしょう。だから私はミカちゃんのママでいいの」

「でもね~あきさん、それでは正人さんは納得しないのは、女の下着送ってきた正人さんの気持ち、あきさんも分かっているでしょう?」

言われてみるとたしかにそうです。

今までの正人さんの私への接し方思うと、ミカちゃんに事寄せては私に接しようとする正人さんの在り様が思い出されるのです。

「由美さんそれなら私にどうしろというの?」

「優子の言うようになにもあきさんがすすんでカミングする必要ないけど、ただあきさんがどう思っていようと、正人さんはいずれ貴女にアタックしてくるのは目に見えていると思いなさい。そのときあきさんはカミングするしかないところに追いつめられると思うのよ」

「そんな~私そんなことできません。由美さんそんなの酷い~私は男ですって~死んでも言えません」

「気持ちは分かるよあきさん。言葉で私そういうのではないのよ。実は私も若い時、同じような経験しているのよ。ノンケでの好きな男性が居たの~告白もされた~でも私が女と思っての告白だと思ったからお断りしたの。カミングして相手の気持ちを知る勇気なかった。でもね~それが浅はかだったのよ。日がたってから知ったのだけど、相手の人は実は発展場にも行く女装子を相手にするひとだったの。」

遠くを見る眼差しで由美さんはつぶやくのです。

「でもそのひとは私に告白したときはノンケだったと~でも私に振られたショックから発展場通いするようになった~そう思いたい~いえ、そう今も信じているの。あのとき勇気だしてカミングしていたらきっと受け入れてくれたのでは?その悔いが今もあるの。だからあきさんもそのときがきたら勇気出して欲しい、そう思うだけ」

 

 しみじみとした由美さんの話に共感するのだけど、でも私には正人さんに自分のホントの姿を告げるなんて、そんな勇気はとてもじやないけど自分にはないと思うのです。

 とにかく今恐れていることは<カミング>イコール<破局>というイメージです。

 私がカミングしたとき、正人さんがどんな態度をしめすか?その恐ろしさを思うと、自分が受けるダメージから逃れるには正人さんから離れることを考えることが無難と思ってしまうのです。

 

「あきさんそろそろ時間よ。私達は先に行って席取っておくから貴女はお迎え行ってきなさい」

 由美さんに言われて立ち上がり鏡をのぞき込みます。

 浴衣は由美さんのお陰で胸元もきっちりしまっていたけど、メイクは自分でしたメイクです。おかしくないか点検します。

 正人さんの所へ行ったときの先生のメイクのような女の色気はないけど、何時もの娘の艶のある顔が鏡に映っているのに安心の気持ちになって、メイク室を出ました。

 

 廊下から玄関にでると横の談話室の戸が開いていて私を見かけた男性にさっそく声が掛かります。

 「あきさん冷たいビールがあるよ。飲んでいかない?」

 でも、ありがとうだけ言って、急いで玄関の土間のげた箱から下駄を出してつっかけます。

 

 大通りに出てタクシー待つだけなのに、まだ陽が沈まない夏の夕暮れで熱気に包まれて汗が滴るのです。籠のバックから厚手のタオルのようなハンカチ出して、額の汗をメイクが剥げないように、抑えるようにして汗を取るけど、すぐに後から汗が噴き出るのです。

 脇の下もじっとりする感触に、正人さんに汗臭いとおもわれないか?気になります。

 

 十三の阪急西口の改札口の前で立っていると、電車から降りて花火大会に行く人の群れが吐き出され、動いていくので、道路に立っていても連れていかれそうな人の多さです。

 人の波に抗しながら私は正人さんとミカちゃんの姿を探し求めます。

 <見つけることできるか?>気になります。

 でも杞憂でした。

 「ママ!」子供の甲高い呼び声にすぐ気が付いたのです。

 ミカちやんが正人さんの背中の上で伸びをして手を振っているのです。背の高い正人さんの背中からですから、ミカちゃんの姿は人の群れの上で動いて目立っているのです。

 「パパ~降ろして~ママと手つなぐ~」

 人の流れから外れると、浴衣さっそくミカちゃんは正人さんの背から降りて私にだきついてくるのです。

 

  「あきさんおまたさてしました。いや~いいですよ、あきさんの浴衣姿。」

 人通りの多いなか、正人さんの顔合わせるなりの第一声に恥ずかしさに顔が染まるのを覚えます。

「正人さんそんな~恥ずかしい~でも素敵な浴衣ありがとうございます。」

「とんでもない、僕の方こそ家内のおさがり着てもらって嬉しいのですよ。妻の若い時とデイトしている気分です」

「光栄です~でもミカちゃんも正人さんも浴衣素敵です。」

 ミカちゃんはホワイトバラの浴衣に、メソピアの兵児帯締めて、赤い塗り下駄ですごく可愛いし~正人さんは淡いグレーの幾何学ラインの浴衣で、中年に向かう男の渋さが伺えて私はつい視線が向き惚れぼれしてしまうのです。

「そうでしょう浴衣。僕たちより母の方が一生懸命なんですよ。あきさんと連れ立っても親子連れと見えるようにしないと言って考えてくれたのです」

「まさか?親子だなんて~私はまだ娘ですよ正人さん」

「そうでした( ´艸`)でも、あきさんを母は親子連れと思って用意したみたいですよ」

 なぜ正人さんのお母さんはそんなこと思って、私に浴衣一式送ったのか?そういえば<母はあきさん気にいったみたいですよ>正人さんの言ったこと思いだします。お母さんに私を親子と思わしたのは~?

 

「正人さん私のことお母様にどんな説明しましたの?」

「説明て~あきさんが言うようにミカのママ役と~」

「それだけではないでしょう?」

「別に特別なこと言っていませんが。まあ、当然のことですがあきさんがあまりにも僕の妻にそっくりだったのに驚いていましたよ」

「そうみたいなのは私も感じました。でもそれだけではないと思います。恥ずかしいことですけど、お風呂のこと言われて~。そんなこと家族の一員と思わないと言えないと思います」

「たしかにそうですね。まあそのことは今度母に会ったとき聞いてください。母があきさんに好意持っていることは確かで僕も嬉しいのですが、それ以上母があきさんのことどう思っているのかは僕にも分かりませんからね。さあ、陽暮れてきましたよ行きましよう」

 なにか正人さんにはぐらかされた感じだけど、路上での会話を続けようありません。

 

「ママ~パパとばかり話して、ミカはママに会いたかったんだよ。」

 抱きついてきたミカちゃんを抱き上げます。

「ミカ、ママに甘えて抱かれないで自分で歩きなさい」

 正人さんが本気でない怒り方をするものですから、いいのと答えて私はミカちゃんを抱き締めます。

「矢張りミカはパパよりママに抱いて欲しいのだね」

「だってパパ、パパはいつでも抱いてもらえるけど、ママは違うのだもの」

「ああそれで花火大会はまだか?うるさかったのだね。ママに抱いて欲しかったんだ」

「だってパパ、ママはめったに来ないから仕方ないもの~」

「ごめんねミカちゃん。ママはお仕事が忙しいの、だからなかなかミカちゃんに会いにいけないの、ごめんね~お仕事お休みになったら行くからね」

「うん絶対だよママ」

やり取りする中で浴衣を通してミカちゃんの熱い熱が伝わってくるのに、なにか愛おしさがこみ上げるのです。そして正人さんには否定するけど、ミカちゃんには親子気分に浸ってしまうのです。

<続く>