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「あきさん子供は分からないままに的を射ることもあります。ミカがホントのママと言ったのはあながち嘘でないような気がしてきました」
お母さんとの話のなかに正人さんが入つて来たのは、お母さんの嫁という表現に反応したみたいなのです。
危険信号が私のなかで鳴り出します。
「そんなこと言わないで下さい正人さん。奥様は私など及びもつかない素敵な女性(ひと)ではありませんか。お願いですからママはミカちゃんだけのことにして下さい」
正人さんに言ったけれど、その言葉はお母さんにも告げた意味もあるのです。
「それは分かっているのですが、でもあきさんのその着物姿見ていると素敵で上品と思うのです。お世辞じやありません。母もつい亡くなった妻と比べて素敵と思ったのではありませんか?母は貴女が気にいったのですよ」
大きな流し台で調理の真っ最中のお母さんを横目で見ながら、正人さんは私の耳元で小声でささやくのです。
「ありがとうございます。素直にその言葉受け取ります。でもね正人さん奥様と同じに見ないで下さい。私は奥様に到底及びつかないのはわかっているのですから」
「いや、そんなことありません。あきさんは妻と違った、また、別の魅力があるのですから」
話するほどに正人さんの言葉が私に接近してくるようで、危ない感じがしてならないのです。
「もう、お願いですからそれ以上私を困らせないで下さい」
発展場での経験から、言い寄る男性にあいまいな態度をとると理解したと誤解されて、ますます接近してくることを学んでいたのです。
きつい言い方かもしれないけれど、ここはきっぱりとした態度で接しないと~自分に言い聞かせるのです。
「そうだよパパ~ママ困らせたらだめよ」
思わぬ助け舟はミカちゃんでした。ほっとした気分で窓の外に視線を逸らしたのは、正人さんにこれ以上同じ話題を続けさせない私の意志表示でした。
なにか気まずい雰囲気になったような気がして、話題を変えたのです。
「正人さんあそこに見える高い建物が固まっているのはマンションですか?」
「ああ、あの高層住宅ですか?シーサイドタウンですよ。1979年入居ですから古くなりましたが、当時は最先端の住宅だったのですよ。聞いた話ですけど、最上階の部屋では海風の強い日には風呂の湯がタプタプするそうですよ。」
「怖い~」
「地震対策の構造になっているのでしょうね。
作家の村上春樹がこの集合住宅を<モノリスの群れ>と表現して有名になったのです。」
「モノリスですか?」
「モノリスというのは英語で<ひとつの、または孤立した岩>という意味で、ギリシャ語から派生したラテン語からの由来なのです。普通だったら一般に広がるような言葉ではないのですが、村上秀樹の表現とあわせて、あきさん<2001年宇宙の旅>というSF映画観ました?そのなかで登場するのが石柱の物体<モノリス>なのです。」
「私、テレビ映画で観ました。黒い石板みたいのが立っていました」
「そうです。それが<モノリス>なのです。具体的に言うと建築・彫刻用の一枚岩。一本石から作られた<オペリスク・柱・像>などのことをいいます。」
「正人さんて~お仕事以外にも、いろんなことで造詣がおありなのですね」
「いや、そんなことないですよ。なにか興味もつことがあると調査するのが、仕事の関係で習い性になってるのですよ。とことん調べたくなる厄介な性質なのですかね」
最後の言葉にどきりとしました。正人さんの言う厄介な性質が私に向けられたら?私のことを知ることになる?正人さんが私に関心持てば持つほど私の危険は増幅するのだと気づいたのです。
とにかくこんな会話交していると、矢張り私と正人さんは住む世界が違うとおもわされてしまうのです。
<私の住む女装子の世界なんて、いくら社会が私達の許容が広がったにせよ、所詮、正人さんやお母さん達には理解を超える世界でしかないと思います。
<だから私はミカちゃんのママだけに止めなければならない>と、決意します。
でもその私の決意とは裏腹に私の奥の方で、その決意の困難さに耐えられないのでは?不安が居座っているのです。
「ね~パパ~花火見に行くのいつなの?」
「次の日曜だよ.だれと行こうかな~」
「ミカとママ、そしてパパにおばあちゃんだよ」
「おばあちゃんはお留守番だよ」
「うんママさえいればミカはいいよ」
ミカちゃんに答えて頭なぜながら、正人さんは私を見つめるのです。
「淀川の花火大会です。車で行けばいいのですが、多分、渋滞と車両侵入禁止があるので、電車で行くしかないと思います。見物は淀川河川敷ですがなにせ人出が50万人と言われていますから子供連れは無理だと思います。それで知人のビルの屋上で椅子に座ってビールでも飲みながら花火見物するので、あきさんも浴衣姿で来てください」
最後の正人さんの<来てください>がいやに力が入っているように聞こえるのは私の気のせい?思ってしまいます。
ほんとなら当然逃げるべきです。これ以上正人さんに付き合っていると抜き差しならぬことになるのも分かっているのです。
それなのに断り言えないのです。また、ミカちゃんのために、ママと行きたがっているから~と言われるること分かっているだけに、ミカちゃんの前でそんなやり取りできない気持ちが正人さんに断れないことになってしまうのです。
そんな複雑な想いでいるのに、私の口から出たのは~
「はい楽しみです。それでミカちゃんも正人さんも浴衣ですの」
「もちろんです。今度は浴衣姿のあきさん見るのが楽しみです。皆で浴衣で揃ったら多分親子連れの花火大会見物と思われるでしょうね」
嬉しそうな口ぶりの正人さんに、やっぱり~内心思って、どうしよう?困った~これから先どうなるの?悩みながら、それなのに少しも嫌な気持ちがついてこない自分が不思議です。
「さあさあ~あなた達、食事の用意できましたから、お風呂に入つて下さい」
お母さんが追い立てるように正人さんミカちゃんに声掛けてきました。
「ミカはママと入る~」
ミカちやんがそう言うのはもう分かっていることです。
「ミカちゃんママはだめなのパパさんと入りなさい」
「いや~ママと入りたい~」
「そんなこというとママは帰りますからね。」
「う~ん、じや、パパと入る」
不承ぶしょうに返事のミカちやんを納得させたけど、その後なのです。
「あきさん後で私達とはいりましょう。ここのお風呂は広いのですよ。浴槽だって二人が入る広さなのですよ。着物姿で汗ばんでいるでしょう。お風呂で汗流してください。」
そのお母さんの言葉に私は血の気が引いたのです。
<続く>
」