㊲ その三 京都観光 <その二の続き>

 ・・・・・「女将さん京都着いたとたん食事だって~何食べましょう?洋食?和食?」

 「そうね~とくみさん着物だから和食にしたら~写りがいいと思うけど」

 さすが~写真家でもある女将さん言うことが違う~もう女将さんの頭の中で食事の時の写真の構図ができているみたい。でも着物に合う食事なんて~そんなこと考えたこともない私です。

 Hさん車を止めさして私の返事待ち~焦ります。

 

 そしてふと思い出したのです。何十年にもなる昔。京都南禅寺に行って豆腐料理よばれたことを~

政治家や財界人が行くような懐石料理を供する高級料亭。そこの元女将と料亭の板前頭だった父のことを話したこと。フラッシュバックのような想いが突然、私の内で浮かび上がって~。

 

 「ああ、私、豆腐料理がいい~」叫んでいました。

 「京都は豆腐料理が定番だものね」

 答えたのが、珍しいことに口数の少ないAさん。私の一番古いフレンドさんで体が大きいことが女装の邪魔になると思い込んでいるみたい。口数の少ないのはそのせいかもしれないと思うことがあります。

 「とくみさん正解。私も豆腐料理がいい~」

 女将さんが相槌打つと決まりです。

 「じゃ決まりね~。運転手さん湯豆腐のお店お願いします」

 Aさんが運転手さんに告げるのに、慌てて私は口挟みます。

 「あの高級でない、庶民的な湯豆腐のお店でいいですよ」

 運転手さんに念押ししたのは南禅寺の高級料亭の湯豆腐のことがあったから~

  「それなら、この近くにお店があるからご案内しましょう」

 運転手さんが答えて車が動き出すと~ほんとに近くでした。5分も動いたらビルの横に車が止められたのです。

 

 「一寸待っとくれやす。席の空き聞いてきますから~」

 しばらくして運転手さんが戻ってきました。

 「予約取れました」という返事して運転手さんが扉を開けてくれます。端に座っていた女将さんは身軽な服装だから軽やかに降ります。私は座席の上で着物の腰をくねくね動かして扉に寄って脚を降ろそうとしたのが、車高が高くて地面に届かないのです。

 いえ、私は背があるのだから届くはずです。でも着物の裾が引っ張って足が届かないのです。

 「とくみさん横向きでは降りられないの~乗るとき腰回して乗ったでしょう。それと同じよて降りるの~」

 女将さんが私に手を伸ばしてくれるのに、その手を握って向き変えると簡単に降りられました。

 「着物を着るのと同時に所作を覚えないとね」

 女将さんに言われてホントだと思います。Mさんに着付けの練習させられて、着ることだけしか頭になかった私です。<着物と所作は同時並行>だと気づいたのでした。

 

 運転手さんの案内でビルの階段上がるとホールがあって、長椅子~ペンチがあって、休んでいる人びと~その前に小粋な店構えの入口があって「梅の樹」と、くずし字の暖簾が掛かっています。

 <お品書き>の衝立があって真っ先に見てしまいます。好き嫌いが多い私にはどんなメニューがあるのか気になるのです。

 <梅の樹・4、300円><秋日和・6,400円>

「こんな豪華な料理はお昼から無理~」言いながら頭のなかでは贅沢!という言葉が浮かんでいるのです。

 

 「大丈夫どす。単品でも選べますよって~」初老の運転手さん観光タクシーで案内するだけあって良く承知のようです。安心しかした。でもお店の構えから見て安心できません。運転手さんはおかしなお店に案内するはずないし~

 

 「車に帰らんとあきまへんので~」断り言って運転手さんが去って^~

 「じや~注文は内に入ってからにして~」

 着物派のMさんが先に立って暖簾をくぐります。後に続いてぞろぞろ入る私達。

 

 目見張ったのはビルの中の建物とは思えないつくりの和風旅館の造作なのです。土間があっで土間のかまちで草履を脱いで、三段ほどの階段上がって磨き抜かれた板の間に立つと、土間に居たおじさんが札をくれるのです。

 履物の番号札です。下足番のおじさんなのですね。それで昔の記憶が蘇ったのです。私の子供時代の懐かしの<風呂屋>です。下町の昔の銭湯は戸を開けて入ると下足番のおじさんが居て、男湯、女湯の入口の左右に下足箱が並んで下足番のおじさんが履物をそこへ入れて、引き換えに番号札をくれるのです。

 

 そういえば昔の和風旅館も同じでした。低い上がり待ちを履物脱いで上がると下足番がいて客の脱いだ履物をしまうのです。番号札などくれません。客の履物を覚えていて、旅館を出るとき上がり待ちで揃えて並べるのが下足番の仕事です。

 同じ光景が今に生きている~不思議な光景に思えるのです。

 

 廊下に仲居さんと思えるようなスタップの着物姿の女性が待っていました。

 「おいでやす~こちらどす~」後について絨毯の敷き詰めた廊下を、足袋を履いた足を運びながら思います。

 矢張り京都弁を女性が使うと柔らかくて良いのです。でも男性が使うと柔らかすぎてきりりとする男性の特徴が消えるみたいで、京都に住んでいた私ですが大阪弁の影響を受けているのはそのせいかもしれません。

 

 ビルの中とは思えない曲がりくねった廊下を進むのですが~片側にはふすま障子の小部屋が廊下の端から端まで並んでいるのです。何か茶室思わす部屋の雰囲気が廊下を歩きながら漂ようのを感じます。

 なにか、また不安を感じてきました。<まるで料亭~こんなところに案内されて~万円~取られるのでは?>南禅寺の料亭思い出してしまいます。

 <庶民の入れる湯豆腐のお店でいいのに~>運転手に言ったのに~と、悔やむのだけど遅い~です。

 私の前を着物派のMさんと一緒に少し体の半身を私達に向けて歩く、着物のスタップさんがいるのです。口に出すこともできずについて歩きます。絨毯踏んで歩くと足袋裏の感触がすごく柔らかに感じます。私の後ろの女将さんも、女装のAさん、可愛い女装のUちゃんも皆な無言です。

 私と同じように建物のつくりの雰囲気に吞まれているのかもしれません。

 

 「どうぞ^こちらでございます」

 立ち止まったスタップさんが、小部屋の障子の前に立ち止まると身を屈め戸を開けて、体を寄せて私達を入れます。

 「頭、気をつけておくれやす」言われたのは~

 それがです。部屋に入るのに体をかがめて入るのです。まさに茶室そのものです。Mさんに続いて入ると部屋は六畳ほどの間取りでさして広くはないのだけど、畳敷き、大きな赤塗り模様の座卓があって、後ろは床の間~掛け軸があり、花が竹筒に差されて趣きを添えています。

 

 遠慮するMさんを皆なして床を背に座らせます。さすがに着物派です。きちんと背筋伸ばして正座している姿に、私は息吞んだのです。

 <さあ大変、畳敷き~着物着て座卓の下に足伸ばす?>そんなみっともないことできる筈ありません。私、腰が人工関節で正座できないのです。突っ立てっている私に、それと分かったのか?女将さん。

 「とくみさん大丈夫よ。堀こたつだから~」

 言いながら座卓の掛け毛布をまくり上げて見せられ、一遍に心配が解消して思わず

 「良かった~」声上げました。

 「お姉さま良かったね~」前に座っていたUちゃんが言ったものですから、皆なが一斉に笑って隣でお盆の急須にお茶入れていたスタップの女性までも、笑いかみ殺す笑顔になって~

 でも、私達が笑ったのは~Uちゃんは二十歳代<はたちだい>みたいなものいいするけど、ホントは四十近いおっさん?なのを皆な知っているからです。

 まあ、私だって人の子と云えません。90歳の妖怪なのですから~

 

 スタップさんがお茶を配って下がると、さっそくお品書き>のチエックです。勿論、運転手さんの言った単品をてんでに選ぶのです。

 当然、メモ帳持って注文聞きに来たスタップさんに各人が自分の注文告げるのですけど~

当時の私~5年あまり前の私ですが、いくら女性に見えても声は誤魔化せません。それが気になって~お品書きの品目<ひんもく>指先で押さえて~これを~小さな声で注文です。見かねた女将さん傍から私の通訳です。

 比べて、さすがに先輩のMさん堂々と声上げて注文しています。まさに<我は女装子です>他の二人も何ともないように注文するのに、まだまだ私の女装は未完成~我ながら思ってしまいす。

 でも、そんなことより、そのあと皆が注文終わったとき、私が驚愕するようなことMさんスタップさんに言ったものです。

 

 それは次に~<続く>

 

 <注・コロナがますます大変です。ほとんど家に閉じこもる毎日です。それではダメと家の前の公園を朝、晩歩いて鍛えています。嫌なことより、楽しかった昔のことを書いて自分を慰めることにしました>とくみ