<写真・2017年8月>

㉛ 妻を想う 2 <続き>

 主治医の居る病院に転院した妻の病状が落ち着いて、私はほっとした気分になりました。救急車でこの病院に搬送されるとき、私は娘たちに先んじて救急車に同乗して妻に付き添ったのです。寝台に寝かされた妻の横に座って妻の骨ばった手を握ってやります。去年の10月以来です。妻の顔を見たのは~救急車のピポーと鳴らす音に負けないように、私は妻に顔寄せて、マスクを突き破るように、大きな声あげて妻に呼びかけます。

 横揺れする車の中なのに妻はうとうと眠りの状態なのです。

 「お母さんパパですよ。分かる?」

 私は妻の手を少し握りしめるのだけど、握り返す反応はありません。

 傍の消防士さんが気になるけど声を上げます。すると妻はじよじよに瞼を開いたのです。視線がのぞき込む私に向けられます。しかしどんよりした顔の表情は私が分かっていないのでは?思ってしまいます。

 「お母さん!パパだよ。分かる?」

 私の声に消防士さんがチラと私達に視線向けるけど、すぐ顔をそむけます。

 転院先の病院はすぐ近くです。時間はあまりないのです。多分、コロナの時期では病棟には入れてくれないと思います。それまでに妻に私を分かってほしい~。

 切ない想いとはこのことかと思います。

 でも妻の表情はいぶかし気に私を見つめるまでに変わってきたものの、私を認識したとは思えないのです。

 ピポーの音がやんで救急車の速度が落ち、窓から見ると病院の救急室入口に入って行くところでした。エレベータの前で車が止まると後ろの扉が上げられます。妻の寝台が降ろされるのです。私は先んじて消防車から降ります。

 病院の職員が待ち構えていて、エレベーターに誘導すると、消防士達に押されて妻の寝台も乗り込みます。病院職員になにか言われるかと気になったけど、私も思い切って寝台にへばりついてエレベーターに乗ったのです。

 4階でエレベーターを出るとフロアーがあって、看護詰所で寝台が止められると消防士さんと看護師さんの引継ぎが始まります。

 看護師さん達が寝台車押して詰所の廊下を隔てた病室に入り、妻をベットに移します。廊下を隔ててその様子を見つめる私。

 私は病棟に入ったのです。

 

  現在<いま>、私はマンションの一人暮らししています。当然、主婦の仕事はみんなこなしています。<90歳で良くやる~>フレンドさんは褒めてくれます。まあ、歳は別としても私のフレンドさんのなかでも、一人暮らしの方が結構いるのです。

 多いのは子供はあるけど奥さんと離婚している女装さんがいることです。奥さんは旦那が女装することは許さないの?聞きたいけどいくらフレンドさんでもブライバシーに踏み込むことはできませんものね。

 私は歳取ってからの女装のせいでしょうか?自分の女装写真は真っ先に妻に見せていましたし、妻も別段抵抗なしに<綺麗な女性<ひと>ねと、初めは妻に聞き返されました。

 「私ですよ。私~」私は威張って強調したものです。

 3年前、写真集を作ったときは姉達や姪達が集まったときに写真集公開したものです。当然皆なびっくりしたものですが。口ぐちに感嘆の言葉がでて嬉しかったものです。

 美人の誉れ高い姪の一人なんか「負けた!」声上げたとき<やった!>お思いました。その姪、アマゾンで写真集購入したというのですからね~。

 脱線しました。ああ、奥さんの話でした~。

 

 2016年の5月、ある日のことです。

 妻が私の前でフロアの床に正座して私に向かったのです。

 「パパ~これからパパが家のことして」

 言って貯金通帳を渡されたのです。定期と普通貯金です。

 「お母さん一体どうしたの?」聞き返した私は訳分かりません。家のことは妻が私の手を煩わすことなく一切仕切ってきた妻です。

 「もう、自信がなくなったの~」

「自信がなくなった?何のこと?」渡された貯金通帳を反射的に受け取ったけど、通帳と妻とを見比べて私には聞き返すことしかできません。結婚してからも私は母の時と同じように、給料袋は封を切ることなく妻に渡していたのです。給料の振り込み方が変わってからも預金通帳は妻が管理して、私は小遣いは妻からもらっているのが我が家の在り方でした。

「お金~いくら使っているのか?わからなくなった」妻の表情に不安がにじみ出ているのに気が付きます。

「わからない?どういうこと?」

 普段の妻と違うしょぼおんとした表情をしている妻が心配になって、伺うことしかできないでいる私です。そうです~分からないのは私のほうです。

「買い物行っても何買うかわからへん。通帳から1万2万~50万円も引かれてんの~なにに使かっているのかわからんようになった~通帳持っているのが怖い~」

「なんや~そんなことか~あんたも歳やな~私なんかそんなこと始終や~心配せんでも歳取ると

そうなるの」元気つける気持ちで言います。妻の言うことが分からないでもないと私は思いました。50万からのお金の使途が分からない?というのは妻にはショックだったのに違いありません。、金額が金額ですからね~

「そうやろか?でもお金何に使うたのかわからんのは気持ち悪い」

「先月毛皮会社の招待で観光バスで行って、毛皮会社の店でお母さん、私達のベットに敷く毛皮マットレスを買ったでしょう。まだ送ってこないから忘れたんだね」

「でも50万もする?」怪訝な顔で問う妻に~これは重症だ~思うのですが~

「そうですよ。貴女バスの中で店のガイドの売り込みに乗せられてね。」

 答えながら呆れるより笑ってしまいました。つつましい~それが私の妻の姿なのです。パート帰りの遅い時間にスーパーマーケットで値下げしたお惣菜など買ってくるような、家計のやりくりする妻~それが私の妻のイメージでしかありません。

 竹炭を敷いた毛皮の高級品を二人のベットに買うなんて~まるで妻のイメージには合いません。思いながらも、とにかく渡された貯金通帳を見ました。思わず、私は息飲んで納得して、話しは終わりになったのです。

 「わかった。家計は私がするから安心しなさい。買い物も私がするから」

 答えたのは、50年余り家計の切り盛りに子育てして、私の仕事の手助けまでしてきた妻の苦労に報いる気持ちが私にそんな返事をさせたのだと思うのです。

 

 その後、私は努めて妻と連れ立って外に出るようにしました。私の仕事も軌道に乗り~私の気分もゆとりが出てきたこともあります。

 二人で出かけるといっても、30分ほどバスに乗って駅前の繁華街に行く程度ですが、妻は<そごう百貨店>に行くのが好きです。婦人服売り場を見て回るのです。買うのではなく見るだけで楽しみにしているのです。でも、それに付き合うのは疲れます。今と違ってまだ婦人服に興味がなかった私です。妻が婦人服売り場を廻る間、私はエスカレーターの傍の長椅子で座って本を読んで妻の帰りを待つのです。ときたま買い物して戻ってくると妻は私のものばかり買っているのです。お母さんのなんで買わないの?私が勧めても<私は持っているから~>と、その気がないのです。

 それがです。あるとき百貨店に隣接する専門店街に入ったときです。洋裁店の前の椅子で私達は一休みしました。と思ったら、妻が立ち上がると前の色鮮やかに婦人服の吊り下げられた店の内に入っていったのです。

 私は椅子に座ってその妻の後ろ姿を見送っていました。店員となにかしゃべっていると思うと紙袋下げて戻ってきたのです。

 「あれ、お母さん服買ったの?」珍しいこともあるものだ?と思いながら問いかけました。

 「店員さんがお似合いですと言ったから買った」

 笑み浮かべて、紙袋から取り出して見せてくれたのは、黄色に赤のデザインの若い女性が着るような派手なブラウスです。値段聞いてさらに驚きです。

 「お母さんまたどうしたの?それ着るの?」

 「いいでしょう~店員さんが私に似合うと言ってくれたのよ」

 「へえ~また思い切ったね?でも明るくていいかもね~」

 また乗せられて~毛皮マットレスの高い買い物のこと思い出しましたが、長年頑張ってきた妻が自分へのご褒美とした買い物だと、理解することにしたのです。

 しかし内心、私はなにか妻の行動に違和感を感じたのです。<3に続く>