18章
「あら、どうしたの康夫、出かける風をして時間早すぎます。~すぐ夕食の用意をしますから、夕食食べてから出掛けましょう」

 土曜日のことだった。

 亮子は康夫の付き添いで亮子の身元をしらべに行く予定にはなっている。

 しかし行き先はスナックで夜にならないと営業していないのに、康夫は出かけようとしているのは気が早すぎると亮子は止めた。


「いや食事の用意はいいんだ。食べに行こう。それから買い物だ」
「一体どうしたの?今晩、私の身元聞きにÅ市のスナックに行くのでしょう?」
「分かっている。スナックに行くよ。でも時間はあるのだから食事して、亮子のために買い物だ」
「買い物て~また康夫、今までボーナス使い果たすほど私のためにお金使っているじゃないの?もうやめなさい私は良いのだから」
「そうはいかない。亮子のために買いたいのだ。お金は亮子が僕の名義で貯金した郵便局のお金があるじゃないか。
いくら僕の名義の貯金でも、もとは亮子のお金だから使えばいいじゃないか」


康夫の言葉に、亮子の表情が引き締まった。
「康夫、あなた私が離れて行くと思っているの?お別れの積りなの?」
亮子に睨みつけるように大きな目で見られて、康夫は慌てて手を振った。
「そんなつもりはないよ亮子。僕は今のままでず~と亮子といたい気持ちに変わりはないよ。亮子だってそうだろう?でもね、前に言ったように不安がある。亮子の身元が分かれば、亮子の記憶が元に戻れば、僕の想いもどうにもならないことがあるのじゃないかと?
だから内心ではA市に行きたくない。亮子を行かしたくない。その気持ちがあるけど、そうはいかない、僕の都合でそれを決める権利はないと自分に言い聞かせているんだ」
「ありがとう康夫、私も同じ気持ちよ。でも行かなければ私は何時までも過去のない女として康夫の足引っ張るだけでなく、康夫がまともな結婚もできないことに追いやってしまう。だから今のままではダメだと覚悟して、A市に行くつもり」

 亮子の硬い表情は康夫に言っていながら自分に言聞かしているようだった。
「もうやめよう亮子、辛い話は止めて食事楽しんで、亮子の欲しい買い物をしよう。昼ママの派手な格好で恥ずかしいと思うかもしれないけど、僕は亮子のその姿が好きだから、すぐ出かけよう」
 康夫は亮子を亮子の部屋にも入らせずに腕を組んでくると、亮子を玄関に引っ張り出した。

商店街の通りは土曜日のせいか、結構人通りが多い。行き交う人の視線がちらちら亮子に向けられるのは、亮子の昼ママの衣装の華やかさもあるが、矢張り亮子の美貌に引かれるのだと、康夫は思うと得意な気持ちになって亮子の腕を自分に引き寄せるのだった。


「亮子まず買い物だ。なにか欲しいものある?服でも買う?」
「それはいいの、私の買いたいものがあるお店を見つけたの」
「なにを買うと言うの?」
「行けば分かるの」 


 亮子は笑み見せると、商店街の中ほどまで来ると、店のあいだの路地ののような通りに入っていく。
 それが路地の通りにも、人家のあいだを縫って小さな店が並んでいるのだ。
 前を行く亮子に付いて行きながら、康夫は一体どの店に行くのか?首傾げる。
 するとそれに答えるように亮子は店に入って行った。


 <女性下着>の小さな看板がかかった店である。
 亮子に続いて入ろうとした康夫だったが、入口で足が止まった。ガラス戸を通して見えたのが、マネキンが身につけているブラとパンストだが、肌色の薄いスケスケのパンストを通してショーツがが透かして見えている。


 そして横にはトルソーにブラとパンツ型ショーツが展示され、そしてブラの吊り下げが続いて~それもブラもショーツもスケスケのものや、凄い色取りやデザインのが吊り下げられているのが見るだけでも恥ずかしくなる。


 女性客が棚の包装されたビニールの商品を見ているのも見えた。
 これでは康夫も入れないと、店の戸を開けることはできなかった。
 道路で、亮子が買物をすまして出てくるのを待つしかなかった。

 

 その亮子は待つ間もなく出てきた。買い物した様子がないのはハンドバックのままだからである。
「お待ちどうさん康夫」
「えらい早いじゃないか?買うものなかったの?」
「いいえ目的のもの買いましたよ」
「でも品物買ったようでもないじゃないか、何を買ったの?}
「ふふ~それは言えない。後のお楽しみ」
「言わなかっても分かることだよ。だって女性下着の店じゃないか。だがどんな下着を買ったのか気になる」
「それもそうね~」言いながら亮子は薄笑いする。


「おかしい?それでは僕の推理を言うからね。

 すぐに買い物すましたと言うことは、亮子は最初から買う目的のものがあったと言うこと。だから一直線に時間取らずに買い物ができた。そしてどんな下着を買ったか?これはすごく興味がある。それというのも、女性下着の店は商店街の通りにはいくつもある。それなのに亮子は裏通りの怪しげな店を選んだ。なぜ?店の入口で店の中見ただけで分かった。


 一口でいうなら、セクシー下着専門の店ということだ。すると次の謎が浮かぶ。
 亮子はどうしてこんな店のあることを知っているのか?ということ。これは亮子の過去を表しているのではないか?とね」
「そんなこと考えているの康夫は。違いますよ。あのお店は昼ママの時のお客さんに教えてもらいました。それが男のお客さんなのよ。なぜ男さんがそんなお店知っているのでしょうね?きっと女の人と連れ立って、好奇心からお店に入ったのか?それともすごくなにか?」
「亮子、まさかその男に口説かれたのではない?」
「馬鹿なこと言わないで康夫、私はお店ではそんな隙見せませんよ。それに今の私は康夫が絶対なのですからね」
怒ったように口とがらせる亮子が康夫はすごく可愛いと思った。<でも、亮子は今の私。>と言った。康夫はふとその言葉が気になったのだ。

商店街の通りに戻って康夫は気分転換のように言う。
「亮子、なに食べたい?」
「康夫、今日はダメ、いつも私の希望ばかり聞くけど、今日だけは康夫の食べたいお店に行くのよ」
「ううん~分かりました。それじゃ焼肉にしょう。そこに看板が二階にかかっているだろう<一人でも焼肉OKの店>と、それでいい?」
「どうぞ、康夫の好きにして」

 二階に上がると結構広い店だった。
 4人テーブルが間隔を置いて並んでいる。客はぱらぱらで焼肉の香ばしい匂いが立ち込めている。
「康夫、あそこの席~」
「隅の席で話しするのが良いね」
 四人テーブルに向かい会って座った。
 メニューを互いに見ていたが、康夫がメニューを指さした。
「肉はロースにするよ」
「そんな高いのに、並の肉で良いのよ」
「いいや、そうわいかない。亮子には柔らかい最高の肉を食べて欲しい」
「また~康夫は別れるようなこと言って~」
「そんなことないよ。ただ、しばらく亮子と差し向かいで食べられない。~とそんな気がしたからだよ」
「もう、今日はなんでそんなにしめっぽい話しするの?食事は楽しんで食べるものよ。私、サラダはきゅうりとトマトの中華風のサラダにする」
「分かりました。僕は水菜とかぶのサラダにする」
康夫は苦笑いをすると、ベルを押して、スタップを呼んで注文を告げた。
亮子はロースの肉をコンロの網に乗せていき、ビールを康夫の差し出したコップに注ぐ。康夫も亮子のコップにビールを注ぎ、二人で<乾杯!>と小さな声で言ってビールのコップを掲げて音を立てた。
「美味しい~亮子と飲むビールは最高だ。前は一人で居るとき仕事から帰って飲むビールは苦かったのに」
「私はスナックで客にビール飲まされているから、水と同じよ」
亮子は笑顔を見せるとコップのビールを一気に飲み干した。
康夫も釣られて飲み干す。そして空のコップを亮子に差し出す。
「肉が焼けたよ。食べましょう。」
亮子は康夫のコップにビールを注ぐと、網の肉を康夫の小皿に肉を載せてタレの小皿とともに康夫の前に置く。
そして自分も肉を口に入れる。
「美味しい~柔らかい。口の中で解けるみたい。ありがとう康夫、ご馳走になって」
「ほんとだ美味しいよ亮子」
うなずきながら康夫は肉とビールを交互に食べて、飲む。
しかし急に手を止めると亮子を見つめた。
「しかし不思議と思わないか亮子。本来君と僕とは接点のない関係というか、まるで縁がなかった、それが今は夫婦同然でこうして焼肉食べている。なにが僕たちを引き寄せたのか?亮子はどう思う?」
「偶然の積み重ねた結果だと思うの。だってそうでしょう、私はあり得ない時間と場所に居て何することもできなかった。そして康夫は普通なら仕事は終わって家に帰るのに、この日はお酒飲んで最終電車に乗る破目になった。それだけではない、ホームの待合室に入らなかったら私と会うこともなかった。まだあるの、最終電車の発車のベルの鳴る何分にもならない時に、康夫は私を電車に乗せることを決断した。普通なら私は置き去りされていたに違いないと思うのに、たしかに康夫の言うように、なにかが私達を引き寄せたのよ」
「それだよ亮子、もっと偶然では考えられないそもそもの始まりと言って良いのは、亮子がなぜ最終電車の時間に人の居ない待合室で一人いたのか?僕が聞きたいことはそれなんだ。いままで気が咎める気がして聞くことを遠慮していたのだけど、なにか覚えていることはないの?」
「それは私だって同じ思いなの。でもどうして思い出せない。とにかく気付いたら電車の待合室にいたの。ただ思い出せないけど、なにか追われているような感じで必死に走っていたような気がしたのよ」
「なにがあったのだろう?あまりいいことでないような気がする。それで亮子は思い出せないのかも?」
「言われてみればそうだわ。だからそれを分かるためにも時間をもどすというか、私の身元を知るためにまずA市のそのスナックに行くしかないのね」
「そういうことだな~。僕はそこまで考えていなかったけど、矢張り行くしかないんだ」
康夫はため息つくと自分に言い聞かすように呟く。


 後は言葉を忘れたように沈黙して、ビールを飲み続ける康夫に亮子は心配の表情になった。
「康夫、あなた私を行かせたくないの?」
 亮子は箸を置くと身を乗り出して康夫を見つめた。
「うん~分からない?行かせたくない、でも行かなければいけないのだと、両方が相まって自分でも分からない」
「やっぱりね~心配しないで、だから康夫についてきて欲しいの、それなら安心できるでしょう?」
「うん、わかるけど、何が何だか分からなくなってきた。亮子僕酔っぱらてきた」
体を揺らして答える康夫に亮子は慌てた。
「しまった。康夫あなたお酒弱いのね。そんなことでは行けないでしょう」
「いや亮子との約束だ行くよ」
「ダメ!まともに話もできないでしょう?とにかくマンションに帰りましょう。私は一人で行ってきます。どうせ一回の話では終わらないでしょうから、次行くときは康夫と一諸しましょう」
 丁度焼肉もすべて食べ終わっていたので、亮子は立ち上がると支払いをして戻ってくると、康夫の腕を抱えて立ち上がらして店を出たのだった。

 
 マンションに帰ると、亮子は康夫の部屋に布団を引くと、リビングのテーブルにうつぶせになって寝ている康夫を椅子から立ち上がらせると、抱えるようにして歩かせて部屋に連れて行き上着とズボンだけを脱がして、康夫を布団に転がして、もういびきをかいている康夫を部屋に残してマンションを出たのだった。

 どんな話が待ち構えているのか?不安感はあったが亮子は<この道しかないのだ>そう自分に言い聞かせた。

 

 <続く>