『暗い波濤』に描かれた場所

阿川弘之氏の名作『暗い波濤』。
何度読み返したことか。
もはや私のバイブルです。
Kindleで電子書籍版を購入し、いつでも、どこでも、読める状態にしています。

『暗い波濤』は、小説ではありますが、巻末に謝辞を捧げている大量の氏名からわかる通り、実際に太平洋戦争を経験した海軍関係者への綿密な取材に基づいて書かれています。

1943年（昭和18年）、そろそろ戦況が日本にとって苦しくなっていた頃、大学生から海軍に志願して入隊した予備学生達が、それぞれ専門教育を受けて、士官として戦地に赴任し、各々の戦争をする姿を活写した作品。大量採用の海軍予備学生第13期でも14期でもなく、その前の12期にあたる、志願入隊で、外洋での基礎教育もあった時代の予備学生達。

この小説は、登場人物がものすごく多いのですが。霞ヶ浦航空隊→横須賀航空隊で偵察任務についた栗原さん、江田島の海軍兵学校で戦場に出ることなく数学教官となった田崎さん、館山砲術学校で対空砲術を専門にしラバウルへ赴任した三宅さん、そして埼玉の海軍大和田通信隊で無線傍受の任務についた横井さん。この4名が比較的メインの登場人物になっています。

阿川さん自身が海軍予備学生であり、無線傍受の任務についていたということで、大和田通信隊でのアメリカ軍の無線傍受と暗号解読、内容分析は、とてもリアルで迫力あります。
その無線傍受の拠点となった、大和田通信隊跡を訪ねてみたいとずっと思っていたのですが。
陸上自衛隊朝霞駐屯地の振武臺記念館を訪ねた後、そこから近いので訪ねてみました。

大和田通信隊

朝霞駅から東武東上線で志木駅まで行き、志木駅から清瀬駅行きのバスに乗って「下宿入口」という面白い名前のバス停で下車。

バス停の横の細道を行くと畑がどば～んと広がっているのですが、そこが大和田通信隊跡地なのです。

大和田は海にまったく接していない平野で、ここに海軍の施設があったなんて不思議な気がしますが。
大和田通信隊が、日本海軍の海外の無線傍受と電波方位測定の中枢だったのです。

東京周辺で電波状況のもっとも安定しているのが大和田あたりだということで、ここに通信隊が置かれたそうです。

畑の傍に、「海軍用地」の境界石があります。２つ、まだ残っています。

畑の中に所々、フェンスで囲まれた土地があるのですが。「防衛施設」と刻まれた標石が。

このフェンスの中は草ぼうぼうになっていましたが。何があるんじゃ・・・⁉

道沿いに倒れているコンクリート柱。これも、海軍施設関連なのだろうか？？

畑を抜けると鬱蒼とした雑木林になります。アメリカ軍基地ですよというWARNINGが。

フェンスで囲まれたアメリカ軍敷地内に、門柱があるのですが。

これは多分大和田通信隊関連の門柱かと。

しかし、中に入れないから確認しようがない。

でも、多分、日本海軍関連の門柱だと思うなあ。

アメリカ軍敷地内には、このようなアンテナがたくさん立っています。

『暗い波濤』には
「あたりは武蔵野の雑木林と芋畑で、其の畑の一角に、無線アンテナの柱がたくさんそびえている。海軍の大和田通信隊のものもあったし、隣の外務省電信傍受所のものもあった」
と書かれているのですが。
今回訪れた時も、まさに、その光景が広がっていました。

東久留米市教育委員会が設置した説明看板によると。

1936年（昭和11年）に埼玉県北足立郡大和田町西堀に開設された旧日本海軍の外国無線傍受専用受信所の中心的な施設で、翌年に「東京通信隊大和田分遣隊」となり、昭和16年（1941年）には「大和田通信隊」として独立したということ。
大和田町の受信施設を中心に、東京都北多摩郡清瀬村下清戸、同久留米村神山に及ぶ本隊、清瀬村中清戸の副受信所の３町村にまたがる広大な面積を有していたそうで、たくさんのアンテナが立っていたそうです。（今でもたくさん立っている・・・）

戦後は、国有地となったり、東久留米団地が建設されたり、一部はアメリカ軍の大和田通信所の基地となり、今でもアメリカ軍基地として使われています。

大和田通信隊についての説明看板はこの野原からずいぶん離れた場所、「上の原一丁目６」の住所版の前にあります。
この辺りまでが、かっては大和田通信隊の敷地だったのですねえ。

説明看板によると、畑の中にぽつんとあった２本の海軍用地の境界杭は、旧海軍の施設が存在したことを記憶にとどめるため、戦争遺跡として旧跡に指定されたそうです。よかった、よかった、これで後世まで保存されるかな。

「トラトラトラ」も「ポツダム宣言」も受信

大和田通信隊では、ロンドン、ニューデリー、モスクワ、ニューヨーク、重慶、ワシントン、シアトル、ホノルル、ガダルカナルなど世界各地の外電を傍受し、アメリカ軍が交信する無線も傍受し、暗号解読やアメリカ軍の動向を掴める情報を探していました。
広島に原爆を投下したエノラゲイと、長崎に原爆を投下したボックスカーを不審機として認識して、エノラゲイのコールサインを傍受していたという噂もあるけれど。真偽は分かりません。

確かなのは、大和田通信隊で、1941年（昭和16年）12月8日の日本海軍の真珠湾奇襲成功を告げる電信「トラ・トラ・トラ」を受信。そして1945年（昭和20年）8月にはポツダム宣言を受信。太平洋戦争の始まりと終わりを告げる電信を受けた場所でありました。

こんな所に・・・・。
こんな所で・・・日本海軍が、懸命にアメリカ軍の無線を傍受しようと努力していたのか。
少しでも戦況を有利に運ぶための情報を探していたのか・・・。
なんだか、私は大和田の野の中で、呆然としてしまいました。

『暗い波濤』の中に
「武蔵野の中を流れる古い野火止（のびどめ）の用水に沿うて、大和田通信隊からしばらく北東に歩いて行くと道の左に鬱蒼とした深い森が見えて来る」
「伊豆守信綱の掘削したと伝えられる野火止用水は、小平村で玉川上水に分れ、武蔵野の田畑を潤しながら東久留米の駅の近くから大和田通信隊の横、平林寺の門前を通って、埼玉県志木で新河岸川に合する幅一間ほどの清冽な流れである」
という記述があります。

「野火止用水」は見つけられなかったけれど、土地名に「野火止」という名前があって、「野火止」というバス停もありました。

平林寺を探したのだけれど、見つけられなかったのが残念です。

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戦跡訪問：海軍大和田通信隊