当方、スピッツ好きで在ります。

中高生の時には何とかその世界観を理解したいと、出来もしない考察めいた事を書きつけたりしておりました。持論ですが、スピッツの歌詞を考察する際「死・セックス・ストーカー」を禁じ手にすると面白いです。


さて。スピッツには私にとって印象的な、見送る君と旅立つ僕・見送る僕と旅立つ君…的な3曲が有ります。

・魔女旅に出る(旅立つのは)

・君が思い出になる前に(旅立つのは)

・不死身のビーナス(旅立つのは)

番外編・月に帰る(両方)


特に君が思い出になる前にについては、思春期の頃と大人になってからと、思う事が少し変わりました。

そしてこの3曲へのアンサーではないかと思い込んでいる3曲が有るので、それらについて妄想を語らせて下さい。



とりあえず番外編の「月に帰る」を語りましょう。

これは1stアルバム「スピッツ」収録です。

中学生位の時にスピッツに出会い、初めて1stアルバムを聴いた時その唯一無二の世界観に打ちのめされたわけです。そんな方が数多くいらっしゃると思います。ピンクのまんまる…?君のベロの上に…?月に帰るって…?それは置いておいて。

それぞれ赤い月、黄色い月で生まれた僕と君はたった1日の逢瀬を経てもう2度と会う事は無いんだろうな…。この二つの月、同じ月だと解釈するけど色が違うので、昇る時間が違うんだと思います。同じ月から生まれても、存在出来る時間が違うから本当は会えない、でも最初で最後の偶然の出会い。曲が始まった時点でもう帰る時間です。本当、何の話??



では本題です。


「魔女旅に出る」

赤と猫が印象的なアルバム「名前を付けてやる」収録です。曲中の猫はアルバムジャケットの猫なんじゃないかな…。

これはね、旅立つ君が別れを惜しんで泣いていて、僕はそんな君の決意を揺るがせない様に「猫の顔」で手向けの歌を歌うんですよ。「猫の顔」=「無表情」ですよ。わざわざ無表情を作るって事は泣いてるんですよ。泣きながら歌ってるんですよ。いつでもここに居るから、だからこそ君はもう旅立って帰らないんだろうな…。


魔女旅に出るは将棋の藤井さんもお好きとの事。氏の「ここ」とは将棋盤の前なんだろうな、なんて思ったり。


次、行きます。



「君が思い出になる前に」

ああ切ねえ〜〜〜。

ずっと一緒に居たい、居られると思ってた二人の道がついに分かれる時…。僕は当然二人で街を出ると思っていたけど、君は残る事を選んだ。優しいふりでも良いからいつかのはみだしそうな程の笑顔を見せて欲しい。

ここね〜、思春期の頃は「優しいふりで良いの?『優しいふりだって良いから』とか言ってないで『優しいふりなんて良いから』って言って君の本当の気持ちを聞こうよ!」って思ってたけど、大人になったら旅立つ側としては確かに例え嘘でも良いから最後に見たいのは君の笑顔かもしれないな…と思い直しました。「子供の様な目で困らせる事」=「優しいふり」=つまり「大人の振る舞い」ですよ。旅立つ僕の為に「子供の様に無邪気に困らせる」「大人の振る舞い」を求めるという業の深さ…!「優しいふり」で行われる「困らせ」なんて茶番ですよ。じゃれあいですやん。本当に困るのは真顔で本音を言われる事でしょう?

この後2番で出てくる歌詞

「触れ合うたびに嘘も言えず 喧嘩ばかりしてた かたまりになって坂道を転げてく」

街を出る出ないで喧嘩ばかりの日々が続いた事が故で、最後の最後に茶番・じゃれあいを求めるという、言い方は悪いけどズルさに至ったんでしょうね。分かる、分かるよ。分かるようになったよ…。

しかし果たして、君の方はその求めに応じたのか?「君が思い出になる」という事は、君が日常でなくなるという事。思い出って、偶に取り出して「この宝物綺麗だったよなあ」と暫し眺めてからまた箱に仕舞い込む物。君は求めに応じて優しいふりをして笑って綺麗な思い出になる事を選んだのか、笑顔など見せず思い出は思い出でも棘みたいな形になる様に冷たい風に吹かれて去ったのか、この曲では二人が対峙して僕が「虹の様に消えないで」と願う所までしか描かれていないのでわかりません。

でも僕がいつか数年後か10数年後かに故郷に帰った時には君は伴侶を得て子供も5人位居たりしても良いんじゃないかと思います。伴侶は都会で複雑な形で傷付いてこの島(島!)にやって来た異邦人でも良いな〜。



「不死身のビーナス」

かーーーーーーっこいーーーー!曲ーー!そして魅力的な君ーーーー!

生きる事に少し不器用で、楽しくなると僕の背中バシバシ叩いちゃう、おもちゃの指輪も嬉しく着ける、あっけらかんとして明るく強く、品のない事もちょっぴり言うけど無邪気で純粋な心を持つ君。

君と、君とは一緒に行けない僕が最後に過ごす夜が、飲むより何より恥ずかしい思い出を話すのに夢中でビールをすっかりぬるませながら過ぎて行く。結局全然眠らずに一晩明かして、ドアを蹴飛ばす勢いで出て行く君を見送る僕が、最後の最後に「でもあの人、いつも寂しい目で遠くを見ていたんだよ」と教えてくれる。

僕は君をとても大切に思ってたけど、一緒には行かない。行けない。「悲しい噂」を聞いても君を探しに行く事も出来ず「信じない」と蓋をする。

「悲しい噂」って何だろ?と考えるとタイトルの「不死身の」が逆に効いてきて辛いので私も「信じない」事にします…。

君はね、なんとなくバニーガールになって名前も知らん奴に懸想されたりするんじゃないかと思います。



ここからはアンサーソングと私が思い込んでいる3曲の話です。別に完全にこの曲がこの曲に対応しているぅぅうっ!間違いないぃぃぃいっ!とかではなく、何となくそれとなく、出ていった僕(君)残った君(僕)の何年後かの様子を当該3曲に見とめたのです。



・会いに行くよ

・魔法の言葉

・みなと


リリース順は1番新しいのですが、最初にこの曲って…?と心に留まったのは「みなと」です。だってダイレクトに「遠くに旅立った君に」とか言うんですもん。旅立った君をずっと待っていたんだ…。歌を作って、それを歌って。旅立って終わりでは無かったんだ…!と勝手に感慨深かったんです。

そして「みなと」の他に旅立った君を、もしくは残してきた君を想う歌が無いかと今一度全ての楽曲を読み直してみてこれぞと思ったのが「会いにいくよ」と「魔法の言葉」でした。



「会いにいくよ」

これは旅立った側が会いに行く・旅立った側に会いに行く、どちらにも受け取れるのが美味しいです。

「同じ丘で遠い世界を知る 感じてみたい君の隣で」が、狭い世界を出て君を追いかけて遠い世界を知りたいとも読めるし、遠い世界を知る為に旅立ったのに結局は君の隣で感じられる遠い世界を求めている様にも読める。読めるったら読める。

しかし、そう、私はこの僕を「君が思い出になる前に」の僕にしたくて堪らないのです。別れたあの日とはまた違う切実さを感じてキュッとなります。

とにかくラスト、「会いに行くよ」と何度もリフレインして決意を固めるんだけど、私の妄想の中ではもう時既にお寿司です。



「魔法の言葉」

この僕は、不死身のビーナスの僕に思えてならないです。こちらは「会いに行くよ」ではなく「会えるよ」ですんで。根拠無く「約束しなくても」「会えるよ」ですから。なんかなー、なんかねー、根拠の無い「悲しい噂は信じなイズム」に相通ずる気がして・・・。

この僕は日々疲れて傷付いて夢を見る暇もないほどで、それでも溢れそうな気持ちを誰にも聞こえない様な声で歌ってるんですよね。「倒れる様に寝て 泣きながら目覚めて」が本当に泣ける。一緒に泣く。君も不器用っぽかったけど僕も同じ様に不器用だったんだね…分かるよ…と生ぬるい缶ビールでも差し出したくなりますわな。辛いからこそ希望を疑いたく無い、やはりこれは「悲しい噂は信じなイズム」…。

あと、「花は美しく トゲも美しく 根っこも美しい筈さ」という君への賛歌が堪りません。

また最後で「会えるよ」とリフレインしていて、会えますようにと祈らずにはおれません。バニーガール懸想男(仮)に負けるな。アドバンテージは圧倒的にこちらに有る!



「みなと」

全ての、旅立った人への歌だと感じました。

魔女を見送った僕、優しいふりを求められてた君、ビーナスに背中を叩かれた僕、等誰かの旅立ちを見守った人達からの祈りの様な曲です。寂しい、でも優しい。道が違ってしまった者にまた会う為にする事は、押しかける事でも「会いたい」や「帰って来い」と告げる事でもなく、祈りの様に歌う事だけ。じんわりとした、気のせいかもしれない希望を感じる。

先に述べた様に、この「みなと」で旅立ちのその後が自分の中で補完・回収されたのでした。



おしまい