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【 テーマ「かこ」について 】


「かこ」では、私が2008年9月に経験した交通事故について綴っています。


 私自身がこの貴重な経験を忘れてしまいたくないから。


 毎日毎日起こり続ける交通事故、そのひとつひとつ痛み・重みを

 少しでも多くの人に知ってもらいたいから。


 そしてこの経験を踏まえたうえで、

 毎日を楽しんでいる人がいるんだということを知ってもらいたいから。



主観とエゴのかたまりですが、お付き合いいただけたら幸いです。


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私の転院の話が出たのは、10月に入った頃だった。


1ヵ月程度で退院できるだろうとのんきなことを考えていた私には

「転院」=「すぐには退院できない」ということにひどく驚いた。


それと同時に、ヤスが「転院」ではなく「退院」であることにも驚いた。

この頃は、ヤスのほうが重傷だと思っていたのだ。

(ヤスのほうがリハビリで痛そうにしていたから、というだけの単純な理由で)



ともあれ、私は「転院」、ヤスは「退院」をしなくてはならない。



どうしたいかと病院側に希望を聞かれても、

事故になんて遭ったことないし、転院だってしたことないし、こんな大怪我したことないし、

さっぱり勝手がわからない。



・転院はいつ頃にするか

 →からだの状態も考えて、いつ長距離の移動が可能になるか


・どの病院に転院するか

 →どうせ入院するなら腕(評判)のいい病院がいい

 →でも新潟市に来て3年程度の大学生じゃあ病院の評判なんてわからない


・大学から近いほうがいいのか

 →転院後にはゼミに出ないと卒業できないから



等々、考えることはたくさんあって、私の頭はパンク寸前だった。


とにかくこれだけは考慮したい!と私が思っていたのは

 「できるだけヤスと離れている時間を少なくしたい」

ということだけだった。



毎日ヤスと笑って過ごしている入院生活。

その中でヤスがいなくなる、ということは私にとって一番の脅威だった。


…と言っても、そんな希望を病院側が聞いてくれるわけもなく、

どうしたらいいのかわからない宙ぶらりん状態でしばらく過ごしたのち、

いつの間にやら私の転院先の病院が決まった。



担当医の知り合いがいるという、新潟市の病院だ。


11月から場所を移して新しいところになるから綺麗だよ、と言われた。

おそらく10月末に転院することになるだろう、とも。



そうするとあとはヤスの退院日がいつになるのか、が気がかりだったが、

10月21日、ヤスの担当医が「10月末頃に退院できそうだね」と話した。



それならほぼ同時に新潟市に戻れそう!


そのことがとっても嬉しかった。

ヤスはちゃんと予定通り退院できるように、いつもに増してリハビリをがんばってくれた。