「あらー良くなったねぇー!良かったねぇ!」
手術室に入ると、そんな明るい声に迎えられた。
小学生のときに手術の経験があったので、さして緊張はしていなかったのだけれど、これには驚いた。
手術室は予想外に明るい現場だった。
(その日の私の手術が緊急度の高いものでなかったからだと思うけれど。)
「麻酔するから、すぐに眠くなってくるからね」と言われ、すぐに意識が遠のいていく。
***
目が覚めたら、ICUにいた。
ベッドの脇には母親が座っている。
けれど麻酔は容赦なく脳を眠らせ、私はまたすぐに眠りにつく。
何度めかに目が覚めたとき、母に声をかけた。
「お母さん…ここにいても、暇でしょう?私は大丈夫だよ。」
そう言うと、母は微笑んで
「何言ってるの。
お母さんはふゆの看病のために来ているんだから、そんなこと気にしなくていいんだよ。」と言った。
それもそうか、と自分を納得させ、また、眠りにつく。
私を担当してくれた看護師さんに、「私のこと覚えている?」と聞かれた。
覚えている、ような…勘違いのような…。
戸惑いながらも私は「なんとなく」と答えた。
「みんなね、忘れちゃうんだよね。ICUのことって。」
看護師さんのその言葉が印象的だった。
そうか、一番大変なときをお世話してくれるのに、
ICUのことはみんな自分自身が大変だから記憶に残っていないんだ。
自分を救ってくれた恩人たちなのに。
当たり前のことに気付かされた言葉だった。
私は、覚えていよう。
みんなを覚えるのは無理だけれど、せめてこの看護師さんのことだけは覚えていよう、と心に決めた。
こうして私は2度の手術を無事に終えることができた。
この数日後に聞いたことなのだけれど、2度の手術で、私の血は1回転半したそうだ。
つまり、自分の血の総量×1.5倍の輸血をした。
変な言い方だけれど、死のうと思えば簡単に死ねたわけだ。
2度目の手術が終わって、執刀医が「ご本人もとてもよく頑張ってくれました」と言った。
そのときは「麻酔で眠っているのに、頑張るも何もないじゃないか」と不思議に思ったけれど、
今なら少しわかる気がする。
何かちょっとでも不具合が起きたら生死が危ぶまれていたかもしれないその状況で、
きっと、私は必死に生きようとしていた。
それが、どういう風にかはわからないけれど、医師にも伝わったのだろう。
「心」のもつ力、
その体への影響力というのは、
すごくすごく大きなものだから。