1.孫氏の兵法

 

 他社との競争について検討する際に、よく孫氏の兵法が参照されるのではないでしょうか?事業競争と戦争は似た側面がありますから。特に、「彼を知り己を知れば百戦殆からず」などは、ゲーム理論にも通ずる重要な格言なのではないでしょうか?

 知財は、合法的に相手の行動を制限出来るツールですので、それをどう使うのかを検討する際には、まさに、彼の事業を知り、己の保有する知財を知るということが重要になってきます。

 

2.3C分析

 

 しかし、ビジネスの基本は、競合他社との競争ではありません。顧客に、モノやサービスといった商品を提供し、満足を得ることです。それなしに、ビジネスを継続することはできません。

 経営戦略のフレームワークに、3C分析があります。3C分析は、市場や顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)のそれぞれの視点で対象となるビジネスを捉えて分析に用いようとするフレームワークです。上述の孫子の兵法に、Customerを加えた分析ですね。

 Customerを加えることはとても重要です。事業の各種施策の検討を進めていると、技術部門にしても知財部門にしても、得てして、業界の動向や競合ばかりが気になって、顧客が置き去りになってしまうということがあります。それでは、折角検討を積み重ねても、経営的に芳しい結果は得られないということになり兼ねません。顧客がお金を出してでも欲しいと思う商品を出さなければ、事業は成り立たないからです。

 

3.コーヒーメーカーのコンサルティング

 

 競合よりも顧客が大事ということに関するコンサルティング事例を大前研一氏が著書で紹介しています(大前研一(2016)『「0から1」の発想術』小学館)。

 日本の某家電メーカーの話。開発者達がコーヒーメーカーの開発にあたって頭を悩ませていました。当時は、GE(ゼネラル・エレクトリック)の「濾過方式」とフィリップスのドリップ方式の2つが市場に出回っていた。その某家電メーカーは、両方式を比較検討した。①濾過方式で大型のもの、②濾過方式で小型のもの、③ドリップ方式で大型のもの、④ドリップ方式で小型のもの、を候補に挙げて、それぞれのメリット・デメリットを比較検討するのですが、議論は白熱し、中々結論が出せないでいました。

 そんなときに、大前氏が「他に検討すべきことがある」と切り出しました。それは何か?

 大前氏は、「なぜコーヒーは飲まれるのか?」「コーヒーを飲むとき、顧客は何を求めるのか?」と問うたのです。つまり、その場での検討の視点を、自社や他社の視点から顧客の視点に変えたのです。その結果、行き着いた答えは、「おいしいコーヒー」の提供でした。

 その思いを持って調べてみると、コーヒーのおいしさには、①水質、②コーヒー豆の粒揃い、③豆を挽いてから熱湯を注ぐまでの時間、が重要であり、一方、コーヒー豆の産地は余り重要でないことが分かりました。

 そこで、①カルキ臭を取るための脱塩素機能の内蔵、②コーヒー豆を挽くためのグラインダー搭載、を追加したコーヒーメーカーを作りました。当初の濾過方式かドリップ方式かといった顧客置き去りの議論では生み出すことができなかった製品であり、大変お客様に喜ばれた商品となったそうです。

 

4.著名な経営者による言及

 

 競合よりも顧客が大事だということは、著名な経営者が口を揃えて言及しています。

 例えば、ジェフ・ベゾス氏は、「我々は、正真正銘、顧客第一です。しかし、ほとんどの企業は違います。顧客ではなく、ライバル企業のことばかり気にしています」と自社の基本的な姿勢を説明しています。

 セブンイレブンの鈴木敏文氏は、「我々の競争相手は、同業他社ではなく、めまぐるしく変化する顧客ニーズだ」と言って、顧客ニーズの手強さを強調しています。

 スティーブ・ジョブズは、一時期、アップルを離れていましたが、ジョブズ以降の歴代CEOはマイクロソフトを敵視して、マイクロソフト相手に提訴したり、IBMと組んで対抗したりしていました。しかし、ジョブズは違いました。問題は、マイクロソフトではなく、創造や革新によってユーザーを喜ばせていないアップルにあると考え、「アップルが勝つためにマイクロソフトを負かさなければならないのだとしたら、アップルは負けることになる」という言葉を残しています(桑原晃弥(2011)『スティーブ・ジョブズ全発言 世界を動かした142の言葉』)。

 それほど、競合よりも顧客が大事という考え方は、経営の根幹にある考え方なのだと思いますし、逆に、経営者が口を酸っぱくして繰り返し言及しなければ、ついうっかりと忘れてしまい勝ちなことなのだとも言えそうです。

 

5.知財活動への活かし方

 

 知財部門のメンバーも常に顧客第一は念頭に置くべきであろうと思います。

 例えば、発明検討会の時にも、つい、競合に勝っているのかが気になり、出願件数や競合がやってきそうな発明ばかりが気になるかも知れません。そういうときに、ふと立ち止まって、「この発明品は本当にユーザーにとって便利か?」「お金を出してまで買いたいと思うか?」「顧客はどうしてこれを使いたいと思うのか?」といったユーザーにとっての魅力について、ユーザー目線で発明者と一緒に考えることも必要になってくるのではないでしょうか。

 もちろん、言い方には気を付けないといけません。折角の発明にいちゃもんを付けているという印象を発明者に与え兼ねませんので。