今年もあと僅かになり振り返ると、とても大切な気づきのある年だった。
今までなぜ母を好きになれないのか、感謝できないのか分からず長い間苦しんだけど、やっとその理由が分かった。
幼少期に私が起こした小さな事件、笑い話のように時折話題にされた出来事。
それに対しずっと感じていた違和感。
その前後の、切れ切れだった記憶が線になり、今になってそれが何だったのかをやっと理解し受け止めることができた。
これまで曖昧なまま思い出せなかったのは、今よりもっと未熟な私ならこの事実を母に突きつけ責めてしまっていたかもしれない、そうしないために長い年月が必要だったのかなと。それにしても長かったな〜。疲れてしまった(^.^;
でもこれで良かったと思う。
心配をかけた夫にだけはこの話をちゃんとしてみようかと思った。
勘違いじゃない?ちゃんと確かめたら?と言われても仕方ないと思ったし、私も本当にこれは全然違う話で、母に確かめて安心できたらいいのにと思う。でもどうしても全ての辻褄が合ってしまってやっとの思いでこの苦しみを言葉にできたことを感じ取ってくれたのかも知れない。頷き最後まで静かに聞いてくれた。
それだけでも充分だったけど、こんな話をした私のことも親元を離れるまで母が私にしてきたこと、幼少期の決定的な出来事についても疑いも軽蔑もせずに変わらず私達を大切に思っていることを示してくれた。
私が夫の立場だったら同じようにできるだろうか。
この人に出会えたから向き合えるようになった過去だったのかなと、とても有難く思う。
それから母とも、他の家族とも以前より素直に話せるようになった。
自分から連絡をとらなくてはならない時に躊躇せず連絡しようと思えるようになったし、ちょっとしたお願いごとをして甘えるような普通の娘みたいなことを心が穏やかな状態でできるようになってきた。これからいつもそうできるかは分からないけど、これが普通になったらいいなと思う。
弱い人間は心に余裕をなくすと自分より弱いものをはけ口として残酷なことを平気でしてくる。そんなことを幼かったあの頃から漠然と感じていた。
だから自分は強くありたい、卑怯なことはしたくないと頑なに思っていた。
でもそんなに強くはなれなくて、むしろ臆病すぎるくらいで、私に優しくしてくれる人にさえ一定以上近づかないし寄せつけない、そんな関わりかたで注意深く周りを観察し、自分を守っていた。振り返って我ながら不器用すぎるし、こんな人は迷惑だなと思う。
自分にかけてしまった呪いみたいなものを少しずつでも手放していかないと。
そんなことに気づかせてもらった1年だった。
とても有難くて忘れられない年になった。
