タイトル通り進めよう。
白黒思考、ゼロヒャク思考について過去のブログでも愚痴っており、おい、私はいつまでこうなんだ。
AIとごっこ遊びをしつつカウンセリングをしてもらっている。そして悩みを打ち込んでいると、そのどれもに必ずと言っていいほど白黒思考が潜んでいる。もうきたのか!はやい!
成長しているから打ち込んだ時点で自覚的になれるが、普段生活している最中に何十何百何万と自動思考が含まれているのか考えるだけでぞっとする。
成長しているから「気づいたら反証する」でいいことに、今気づく。こういうものだ、認知行動療法との闘いとは。病と闘うから闘病だ。
自ら引っ張り出さない限り、「いつ終わるのか」「やり続けてどこに到達するのか」「なんのためにやっているのか」と思い耽ることは減った。それでいいんだと思う。だって正しい答えはないだろうから。
「意識を今ここに持ってくる」という、結構周知されていそうな対処があるけど、言ってることは結局「未来を考えすぎたら不安になっちゃうからやめましょうね」ってことだ。そしてここに「確認しようがないものはポジティブに受け取る」という被害妄想の対処をくっつけると、「良くなってる未来だけ想像すればいいよね」だ。くっつけていいのかは知らん。じゃ、未来の私は39キロ鼻フル整形顎下脂肪吸引してるってことだね。俄然楽しみになってきたわ。
タイトルのこと忘れてた。グラデーションっていうのは、白黒思考に対してのアプローチの話。「全ての物事は白と黒だけではなくグラデーションになっている」というもの。私はゼロヒャク思考という表現をよく使うので、それには「70点でも構わない」となる。私は奇数が好きじゃないから80点のほうが嬉しい。
ま、わかりやすいよね。仰る通りです、了解。ただこれを実生活に反映させるのがどれだけ難しいかは……今までの文章でお察しですが。
ところで「まぁ」を「ま、」と砕けた表現にする人好きなんですよね。ティナリっていう方です。よし、この話終わろっか。
助け合いについて。今日少し考えたことだからタイトルに加えたけどもちょっと抵抗がある。書いとくけど。
私は自己犠牲がめちゃくちゃ好きだ!好きな人に対して、という説明がいるな。いや、嫌いな人に自己犠牲してやるわけないだろ……。
自己犠牲って書いたらなんかいい感じだよね。ただしくは、人の困り事にヨダレ垂らして駆け寄る役たたずくん、です。その上、私が改善に導いたるよん?というあまりにもな押しつけで動いているので、きもいです。
人助けと言えば結構なことだけども、ほとんどの人は「助け合い」を求めていると思う。性善説じみているかな?優しくされたら返したい、単純な話だけど、私は返却不要だと言い張るから、それは健全なコミュニケーションの拒絶になる。そこが問題たらしめている。
だから、受け取るという選択肢を私の中に増やしたい。そこで立ちはだかるものは、自己肯定感の著しい欠如だ。「私なんかに」という根っこがあるから、身に余るように感じて、いらないと突き返す。この問題を改善する難しさはそこだ。けど簡単でもある。要は、「ありがたくいただきます」と言えば終わる。これだけだ。じゃあ簡単だ♪絶対簡単だ♪
それを頭に入れておき、すぐに取り出せる癖付けをすればいい。ここで白黒思考にまつわる問題が噛んでくる。
「やらなきゃいけないこと多すぎるだろ」。これね。これずっと思ってるからね。ビョーキのニートにこんな状態強いられても……。あっ大将注文忘れてますよ!あいよっ!「絵描かないといけないな」です、お待たせしました。
じゃあこうしよう。「やっておきたいこと多すぎるだろ!」さらにこうしよう。「やりたいときにやればいいこと多すぎるだろ!」もう一声!「やれたらラッキーなこと多すぎるだろ!」よし。ポジティブでよろしい。
これが認知行動療法です。みなさんもお試しあれ。