【余計か必要か】
親切のつもりでやったことがお節介になることってありますよね。
親切とお節介の違いは、相手の意思を尊重するか否か。
一般的には、有難いと思える親切な行為でも、相手の意思を考慮せず、押し付けてしまったら、それはもうお節介で、意思表示しにくい関係性で行えば「虐待」「〇〇ハラ」になっちゃう💦
ですから、親切も躊躇したり、親切と受け取れず故意や悪意と感じてしまう現代。
余裕があれば、自分が望まない事を押し付けられたとしても、相手の親切心を尊重することが出来るけれど、余裕がなければ、ちょっとしたことでも、心が傷いたり、圧に感じてしまったり。
このズレは、互いの関係や立場で、圧力になったり、圧力と感じやすい事ですが、余裕、ヒトとしての「器の大きさ」があれば、ちょっとした行き違いで済み、大きな問題にならないことも沢山あります。
それが、余裕のない人の集団では、余裕がないから間違いが起こしやすい上に、余裕が無いから、軽く受け流しにくく、ちょっとしたことが大きな問題になり、さらに互いの余裕を奪い「生きづらさ」を大きくすることがあります。
実はこういったことは支援の現場などでは、よくあることで、切ない現実です。
余裕が必要な事は、多くの人が気付いていて、ですから余裕のある人が、親切心で、様々なことが行われています。
これがまた、お節介と捉えられることもありますし、本当に余計なお世話で、お節介だったりもしから、これがもう少し精査できるようになると良いですよね💝
「余計なお節介」は相手を苦しめますが、世の中には、本人が望んでいないことでも、本人にとって必要なことがあり「必要なお節介」があります。



子育て、教育指導や支援の現場では、この「必要なお節介」が適切に行われるかどうかが、成長や向上の鍵になります。
まずは「必要か否か」の判断が重要で、その見極めポイントは「発達(必要)課題」に適しているかどうか。行為の善し悪しは「現状」に適合しているかどうか。
この判断と適合が出来ていれば「必要なお節介」で、出来ていなければ、余計なお節介でしかありません😅
ですから、プロであれば、この判断と行為は適切に行えることが当たり前になって欲しいですし、プロでなかったとしても、「子育て」「教育」「支援」に携わる人たちの質が高めれると良いですよね。
質が高まることを仕組み化すれば、それが互いの安心感や信頼にもなり、提供側も受け入れ側もスムーズに行われやすくなりますので、ここを目指したいと思いませんか?
「ふわっち」では、そんな仕組みをご用意しています。気になる方は、お気軽にご相談ください。
これは家庭内でも使える仕組みです♪
「必要なお節介」が正しく行われることで、子どもたちが健やかに発育できますように🍀🍀🍀
【余談】
本日、私にも「お節介」と感じる、親切心の押し付けがありました💦
時間など余裕があるときでしたので、相手の心を優先できましたが、そうでなかったら・・・・やっぱり余裕って大事ですね。
余裕をつくるか否かは、日々の自分ですので、余裕がなくならないように気をつけ、器を大きくしていきたいと思います🎀
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子育ちで世界平和♪
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