ブログをお休みしていた間も、ネイルの写真は撮っていたので、また、少しずつ載せようと思います。


2020年5月のネイルです。

随分前のネイルなので、施術の記憶は曖昧ですがガーンアセアセ爪の感じからすると、親指、人差し指、小指をネイルしたようです。
紫系のパールジェルと紫のクリアカラージェルを使っていると思います。
斜めの二分割は、簡単で綺麗に見えるからおすすめです。

こちらは、親指、薬指、小指をネイルしているようです。
施術の方法は、ほぼ同じようで、ブルー系です。



私は、ジェルネイルが趣味の1つで、常にネイルしていて、リストアップした指をネイルし直している感じです。

ピールオフ下地を爪の中央(四方を2㎜ほど残す感じ)に塗ってネイルしているので、オフも簡単です。

リフトアップする頻度は、私は右利きなので、右の方が早く、右手の親指、人差し指、中指が2~3週間くらい、左手の親指、人差し指、中指が3~4週間くらい、薬指、小指は、両手共に4週間以上持ちますが、衛生面を考えて、4週間くらいでネイルし直しています。

趣味程度の施術ですが、楽しいので続けています。

コロナ太りも一年経つと、かなり深刻です。

それで、まずは、なぜ太ったのか?ということから考えてみました。


父の入院の際、栄養士さんとお話しする機会があったので、色々教えて頂いたのですが、私の食生活は、カロリーオーバーというほどではないそうで、基礎代謝に原因があるかも?と言われました。

それと、タンパク質が足りていないと指摘され、簡単な対処法を教えてもらったりして、とても有意義でした。

もちろん、父の今後の食生活についても、色々指導して頂きましたので、母も喜んでいました。


このお話しがきっかけで、基礎代謝や体の燃焼のこと、筋肉や脂肪のことなど、色々調べました。

若い頃は、65kgから40kgへダイエットしたこともあり、ダイエットについて詳しかったのですが、昔とは、かなり変わっていて、驚きましたし、面白くて、興味をもってしまいました。


私の場合、健康的な生活ができればよいだけなので、ダイエットしてスリムになりたいもいうわけではないから、無理なくずっと続けられる程度の簡単なストレッチを始めました。

2月からなので、ストレッチを続けて、そろそろ1ヶ月半になります。ストレッチで体を伸ばしたり、ほぐしたりすると、すっきりして、とても気持ちいいので、ストレス解消にもなるようで、毎日楽しく過ごせています。


大きな筋肉のストレッチをすると効果的だそうなので、足、股関節、お腹、腰、の筋肉のストレッチが中心で、動画を見ながら頑張っています。


これまで、ストレッチをしたことが無かったので、身体がカチカチで、衰えに驚いてしまいます。

全く出来なくなっていた前屈で、手が届いた時は、感動しました。


ストレッチ続けたいと思います。


前回の記事にも書きましたが、色々事情があり、今回から、医師会病院で診察してもらうことになりました。


私は、甲状腺の乳頭癌で、2014年7月に全摘出手術を受けました。 
現在は、3ヶ月に一度の通院で、甲状腺ホルモンのお薬(チラーヂンS)を毎日服用しています。 
甲状腺がないので、甲状腺ホルモン剤は、一生涯服用しながらの生活ですが、一日一回だけ服用ですし、お薬の粒も小さく服用は、苦ではありません。 
副作用も少ないお薬なので、今のところ、特に困ることもなく生活できています。 
強いて言えば、どうしても抵抗力が弱るため、もともとあったアレルギーが少し激しくなったくらいです。 



随分前の話なので、忘れていたのですが、この病院は、癌を見つけてもらった病院でした。

5年以上前のことなので、初診扱いで診察になりました。


初診扱いなので、身長、体重、血圧、尿検査など、一通りの検査や測定をしながら、診察を待ちました。


コロナ禍で、ほとんど外出せず、家に居ることが多く、俗にいうコロナ太りで、一年でかなり太ったのですが、血圧も少し上がっていて驚きました。まだ、正常値内ですが、私はもともと低い方だったので、確実に上がっています。毎日体温は測っていますが、血圧は測ってなかったので、焦りました。痩せないといけないと実感しました…


初診の診察を受け、エコー検査と血液検査をすることになりました。

担当の先生は、年配の先生で、説明も丁寧でした。

初診扱いだからかもしれませんが、問診だけでなく、触診もしっかりして、手術後も確認されていました。

後がわからないほど綺麗なので、驚かれていました。

前の病院では、問診だけでしたし、私は、毎回検査の結果も異常無しでしたし、特に困ったこともなかったので、5分もかからない診察だったので、新鮮でした。


エコー検査も、機材が違うので、前の病院は、イスが自動でしたが、今度の病院は、横長のイスで、寝たり起きたりで、ちょっともたもたしてしまいました。太ったせいです…

検査は、丁寧にしてくださり、安心できると思いました。


検査が終わり、診察して、今回異常無しでした。

お薬が、50×2というのが定番のようで、電子カルテに100の選択がなかったのですが、いつも行く薬局だから、100があると説明したら、補足説明を入れて貰えることになり、安心しました。


こちらでも、3ヶ月に一度の診察で、血液検査は毎回、エコー検査は、半年に一度検査するそうです。


総合病院なので、診察や検査の待ち時間も少し長く、会計待ちも長いですが、換気も定期的にしっかりしているので、好感がもてます。


コロナ禍になってから通っているドライブスルー薬局で、今回もお薬を受け取りました。

病院の横なので、近くなってよかったです。


病院が変わったので、慣れなくて、ちょっと疲れた1日でしたが、体調的にも、 特に困っていることもなく順調なので、元気になれて、本当に嬉しいです。

このまま癌の再発なく過ごせるよう祈っています。


先日の記事にも書きましたが、昨年末、父が癌で手術したので、それに伴い、私の通院の病院も変わりました。


予定では、昨年12月が、やました病院へ通院になっていたのですが、病院が市内の中心部にあり、やはり、コロナ禍なので、手術を控えた父を持つ家族としては、感染者が多い場所への通院は病院からも懸念され…


私は、甲状腺が無いので、甲状腺ホルモンのお薬を切らすわけにもいかず、困ってしまい、やました病院へ、お薬だけの処方をお願いしたのですが断られ…


処方は、できないが、紹介状は書けると言われてので、自宅近くで、甲状腺の診察ができる病院を探すことに…


父が手術をする病院で診察してもらえることになり、紹介状を郵送で送ってもらうことになりました。


糖尿病が専門だそうで、一応、事情を話して、癌の術後の診察もしてくれるという話になり、通院する病院を変えるということになりました。


本来なら今まで通り、専門の病院の方がよいのでしょうが、父の件もあり、コロナ禍でもありますし、私は、手術してから5年以上経っても転移していないということもあり、こういう選択になりました。


今年1月に一回目の通院してるので、その内容は、後日、書きたいと思います。


予期せぬことは、突然起こるもので…


昨年の10月初め、母からの着信が何度かあったので、何気なく電話してみたら…

父がエコー検診で、肝臓に影があり、癌の可能性があると言われたとのこと。


取り敢えず、掛かり付け医にしている病院では、詳しい検査ができないとのことで、紹介状をもらって近所の総合病院へ行くことに。

この時は、まだ、かなり小さな影だし、癌とは限らないからということで、私は付き添いしませんでした。


その結果、癌であろうと診断されました。

驚きましたが、まだ、初期なので、手術で取り除けるとの診断で、少しほっとしました。

父は、高血圧と肝臓で、定期的に病院に通っていたので、こういうことが起こり得るとは思っていましたが、コロナ禍なのに、手術とは…父は運が悪い人です。


それから、母だけでなく家族も医師の説明を受けるようにとのことで、私も病院へ付き添うことになりました。


この頃から、実家に頻繁に通うようになり、私の慌ただしい日々の始まりでした。


病状の説明を受け、手術することになるまで、数回病院に通い、手術前の複数の検査を得て、父が入院したのが、12月初めでした。

当初の入院予定は3週間で、コロナ禍なので、入院中の家族の面会は禁止で、手術当日だけ会えるとのことでした。


手術の日は、母と二人で付き添いでした。待っている間は、本当に長かった。

手術は、癒着がひどく脾臓が出血などもあり、予定より数時間長くなったそうで、その話を聞いたときは、心配しましたが、癌は取り除けたそうで、安心しました。

これからが、大変で、色々あり、毎日のように病院へ行くことになったのですが、長くなるので省略します。

色々あったので、退院までが長引き、退院できたのは、年末でした。


年が明け、退院後も、当分の間、父が運転できないので、通院の運転手として付き添い、母が、車を運転できないので、母のお買い物などの運転も…と、何かと実家通いの生活が続き…


今は、父も普通に生活でき、運転も普通に出来るようになったので、私もいつもの生活に戻っています。


昨年末から、慌ただしくて、心身ともに疲れていたので、やっとゆっくり過ごせました。

この間、家を留守にする時も多く、手抜きの食事ばかりでしたが、文句ひとつ言わず、優しく応援して、支えてくれた旦那様に感謝です。


そろそろブログも再開したいなと思うようになり、この記事を書いています。


特に見てくれている人がいるわけでもないブログですが、長年書いてきたので、私の生きた記録として、もう少し続けようと思います。