私は物心がついた時からお布団が大好きで、常に握りしめて家の中を引きずり回していた。

とくにこだわっているのは、お布団カバーをつけていない、

肌に触れると少しひんやりと感じるあの羽毛布団だ。

 

あのお布団の肌触りが心地よくて、握りしめることで安心感が得られるのだ。

寒い日には一段とひんやりし、暑い夏の日には体にまとわりついてぐっしょりと汗をかく。

両親の実家に帰省するときももちろん持っていく。

一度、母にお布団がかさばるからという理由で、家に置いたまま出発したことがある。

当然、私はお布団が無いことで大号泣。苦い帰省の思い出となったのだ。

 

そんなお布団をこよなく愛していることから、当然お布団にもガタがきてしまう。

穴の開いたお布団から羽毛がボロボロと出る。

 

ある日、洋服についた羽毛を同級生の女の子に見つかったとき、正直恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

もしかすると、常にお布団を握りしめていることがばれてしまうのではないかとひやひやしていた。

しかし、女の子が「今まで見たことない鳥の羽だ!これはコレクションさせてほしい。」と、

羽毛を手に取り、両手でふんわりと包みたいそう大事そうに持ち帰ったのである。

女の子の真剣な眼差しと、宝物のような扱いを受けた羽毛がおかしくて、顔から火が出そうになった。

 

家の手伝いをきちんとしなかったことから、母を怒らせたとき、

「こんな汚い雑巾(愛用しているお布団のこと)、捨てるからね!」と、

私の目の前で、ゴミ箱にボスン!と勢いよく入れられたことがある。

私は、驚きと悲しさ、そして母の恐ろしさにうろたえ、どうすることもできなかった。

ゴミ箱から取り出したら、さらに母を怒らせてしまうのではないか、このまま捨てなければならないのか、

その日の夜は、大好きなお布団が無く、隣で寝ている母に悟られないよう静かに泣きながら眠った。

翌日、冷静になった母から、こんなことしてごめんね、とつぎはぎだらけのお布団を渡されたとき、

ホッと安心したのも今となってはよい思い出である。

 

中学生、高校生、大学、社会人。

ここまでの長い人生において、常にそばにあったのはお布団だった。

思春期で行き場のないイライラや悲しみで流した涙を、お布団でそっと拭いたときもあった。

気になるあの人からもらうメールの言葉に気持ちが高ぶったときも、お布団の冷たさで正気を取り戻した時もあった。

 

そして今私は30歳の立派な大人である。

手元にあるのは、4代目おふとんちゃん。

もう大人なんだしおふとんちゃんからは卒業かな、と意を決して30歳の誕生日にクローゼットにしまっている。

たまにおふとんちゃんの感触を楽しみながら大事に保管しているが、いつか手放せる日は来るのだろうか。

手放すときは、お焚き上げなどしたほうが良いのだろうか……