自分というのは
見たいようにフィルターかけて
世界をみていますよね。
そのフィルターは
自分は世界をどう受け取っているかということ。
偏ってます。私目線。自分という枠。個性。
モザイクぬりえで、その受け取っているものを、
色に置き換えて塗っているのは、
フィルターの使い方を変えるのに似ています。
そしてモザイクぬりえで色に置き換えてしている
そのフィルター変更を
最近、言葉でもやってみてます。
ちょっと面倒くさいんですが、
肯定的な事も否定的な事も、
浮かんできたこと、感じた事もろもろに
「を信じる」を後ろにくっつける。
たとえば、
「今日は天気がいいな」なら
「今日は天気がいいな」を信じる。
「この仕事嫌いだ」なら
「この仕事嫌いだ」を信じる。
「お金足りないな」なら
「お金足りないな」を信じる。
「この人好き」なら
「この人好き」を信じる。
「最近上手くいかないな」なら
「最近上手くいかないな」を信じる。
(自分の枠)=(フィルター)=(信じている事)
なので、感じた事は自分がそう信じている。
すべてにこの「信じる」を付けると
違和感やしっくり感などいろいろ感じたりするので
なにを信じているのか、
どういう設定をもっているのか、
あぶり出されるんじゃないかと。
そして「信じてる」という言葉よりも
「信じる」という言葉の方が、軸が自分寄りになるので
「信じる」をつけてます。
全部にきっちりやろうとするとパンクします。
思い出したら合いの手のようにやってみてます。