社会人1492日目
という記事名にすると、なんの記事書いたか後で追うことができない
という問題点に築きました。
がこのままいきます。
なんとなく寝れないので、ひとつ書きます。
それは、「お前は優秀だから」問題について。
「お前は優秀だから」
とよく言われます。
それは決して悪いことではないのですが、気分はよくありません。
「お前は優秀だから」の言葉は個人的には90%の皮肉が入っているように聞こえます。
「お前は優秀だから」=「お前は優秀だから、苦労をしらない」
そう聞こえてくるのです。
特にそう感じていたのは、大学の時なのですが、その発端の話は父親の
言い方にあります。
小中高と僕は真面目で成績も平均よりかは上、ずば抜けてできたわけではないですが、
一般的に真面目で先生のいうことも聞く素直な子。悪いこととかもせず、
やんちゃもしない。学級委員とかちょっとやるような。そんな感じでした。
一方弟がそんなに勉強ができなく、どっちかというとやんちゃしているような
そんな感じ。よく先生に怒られ、親も学校に呼び出され怒られるような感じ。
それを見て父は「弟は俺に似てる。勉強はできないから体で覚えるタイプ。一方自分は
父に似てなく、理屈でおぼえるタイプ」なんて分類されていました。
もうこの年になると、弟も自分もそんな分類わけが関係ないぐらい普通に大人として
仕事しているわけですが、僕の中にある過去のすみわけは心になんとなく残っている。
僕は怒られなれていない。とよく言われました。
真面目ゆえにそんなに怒られたことがなく、怒られるとズドーンとへこむ。
小学生の時とかはほんとにそうで、怒られると泣きたくなるみたいなことがよくありました。
それゆえに悪ガキのほうが、怒られなれているから逆に病まずに生きていられたりするわけですが、
その怒られなれている=苦労を知っているみたいな言い方が嫌だった。
「昔は悪かった。いろいろやったけど、今は真面目に生きている=苦労を知って生きてきた」
みたいそんな言い方が気に食わない。
まるで真面目に生きてきた人が苦労を知らないみたいな言い方じゃないですか。
高校の時に、まさにそういう系の講師が高校に講演にきて、腹が立った記憶がある。
「昔不良でここじゃ言えない悪いことをたくさんしたが、会社を立ち上げ、震災復興支援を行い、俺はここまで来た」
みたいなことをいうやつが偉そうにも高校に来たのだ。
別にアンチになるほどではなかったが、そのプロローグは一体どんな印象を与えるために言ったのか、そいつには
しっかり考察していただきたい。もう10年ぐらい前のことなのに、こうやって重い出すんだから、相当イラっときたのでした笑
僕は真面目に生きてきたと思う。
でも苦労を知らないわけじゃない。ただ苦労を知らない若い奴だと思われている気がして、
承認欲求が止まらない。その苦労をしらないと思われるのが嫌で、たくさんのことにできるだけ飛び込んでいる。
それでも思いあがってはいけないのだ。周りは僕より多くを知っている。
上記の元不良講師も嫌いだが、僕よりも多くを知っているのだろう。
それは認める。ただ僕も負けず、思いあがらず、より多くを知るように努力しなければならない。
頑張って多くを知ると、その知識を更新するのが億劫になる。
ただそれはボケているのと同じだ。
多くを知り、多くを受け入れなくてはいけない。
僕は苦労を知っている。ただ苦労が終わったわけではない。
絶賛苦労中なのだ。
「若いころは苦労したー」と苦労を過去のことにする人ほど苦労を知らない。
自分の大したことない過去にすがるのはやめて、
今の苦労している自分が自分であると理解して生きるのだ。
