僕が小学生になる前から毎年、夏休みと年末に大分の田舎に帰ってました。
身内が亡くなるのが初めての僕には今もまだ実感が無くて、大阪から用意していった気持ちも全然違くて。
遺体を見て伝えられる言葉も無くて、ただ頑張るね、ありがとう、そんなものでした。
最後、棺桶にお花や孫達からのメッセージカードを入れる時に僕の手がじいちゃんの左頬に少し触れて思った事は、ゴムみたい。生きていない。死を触り、一秒くらい動けなくなりました。
本当に綺麗な顔をして、人形みたいで、安らかに安らかに眠っていて、別人みたいで。
ばあちゃんが最後にじいちゃんへ涙ぐみながら伝えた何回ものありがとう。何回も何回も何回も何回も。
お父さんが押した火葬場の黒いボタン。着火ボタン。誰でも簡単に押せるように設定されたそのボタンの重さは、僕には受け止めきれないと思いました。
いつも仕事をしていて、年末年始の2日しか休まない人でした。いつも何をしても受け止めてくれました。何をされても怒らず、寛大な人でした。ばあちゃんには我が儘な人でした。
ひとりで歩くのも辛くて階段も一緒に登ってて、それなのに毎朝五時には起きてクロネコヤマトに出勤して重い荷物を届けてました。
「風、思う様にやれ。じいちゃんは何時でも応援する」
「やった事の責任だけ、ごめんなさいだけ言えんといけんよ」
「一生懸命がんばるよ」
今もまだ鮮明に声が思い出せます。ひょっこり帰ってきそうです。
大好きでした。本当に大好きでした。素晴らしい大人でした。恥ずかしくて大好きなんてまだ一回も言えてないうちに終わってしまいました。まだ何も伝えてない。まだ何も伝えてない。
夢に向かって、自分らしく。
この決意を棺桶に入れてサヨナラをしました。写真の空には一つだけとても輝いた星が。
さぁ歩くしかない。沢山の勇気をくれたじいちゃん。ゆっくり、どうかゆっくり休んでね。
