最近、オンラインサロンで「人生脚本」というテーマの話を聞いた。
人生脚本とは──子どもの頃に無意識のうちに自分で決めた、人生のシナリオのことらしい。
もしそれを書き換えられたら、今の生活も、もっと自由に選べるようになる。
でもまずは、自分がどんな脚本を生きてきたのかに気づくこと。
そこからが、書き換えのはじまり。
子どもの頃の私は、とにかく親(特に母親)の期待を裏切らないように、嫌われないようにがんばっていた。
そしていつのまにか、
「がんばらなきゃ認められない」
「がんばらなきゃ愛されない」
そんな脚本を、自分で握りしめていたのかもしれない。
20歳の頃、一人の男性が、私の人生脚本を少しだけ書き換えた。
彼は、私がそれまで誰からも言われたことのない言葉をくれた。
「可愛いね」「美人だね」
そのときの私は思った。
──この人、変な人だなって。
子どもの頃、親戚が集まった時に母が叔父から言われた言葉が、今でも心に残っている。
「この子は器量では嫁に行けないかもしれないから、勉強させなさい。」
その時、私は“勉強しなければ生きていけない”というシナリオを、自分の中に書き込んだのだと思う。
それからも彼は、「好きだよ」「愛してる」と、いわゆるクサイ台詞を言い続け…
私たちは結婚した。
私は面食いなので、彼の顔をハンサムだと思ったことは正直ない。
けれど、いっしょにいて安心できる人。
そして気づけば、好きになっていた。
そんな人と出会う脚本ではなかったはずなのに、なぜか私の人生にスッと差し込まれてきた。
思えば、今まで出会ってきた人たちは、みんな私の人生脚本の中でいろんな役を演じてくれた。
そしてそのたびに、脚本そのものも少しずつ書き換わっていったように思う。
今、少し落ち着いた時間を生きながら感じる。
もう、誰かの期待にこたえるためにがんばる必要も、何かを証明するために努力する必要もないのだなと。
いまは、自分の好きなことをするための努力をしている。
それは「認められるための努力」ではなく、「心が喜ぶための努力」。
気づけば、誰かの期待を満たすための脚本から、
自分の心がほっとする脚本へと、書き換えは少しずつ進んできたのかも。
さぁ、この先、今回の人生が終わるまで──
どんな脚本で生きようかしら。
今回私がお話を聞いたのは
稲垣佳美先生のオンラインサロンです。
