子どもの頃、母の機嫌が良いと私は幸せだった。

でも、機嫌を損ねると母は私にとって鬼となる。



私はお調子者だったので、親戚の集まりがあったりすると従兄弟たちとはしゃいでしまう。そして、ふと母の視線に気づいて身がすくみ、帰ってから怒られる。

友達とお祭りに行って、帰りの時間が少し遅くなると鍵をかけられてしばらく家に入れてもらえない。

他にも、今では忘れてしまったいろんなことで私は母の怒りのスイッチを押してしまうのだった。



機嫌の良い母は、優しくて料理が得意でおしゃれ。掃除が好きで楽しそうに床を磨いていた母。

大好きだった。

それだけに、怒った母の顔、怒りに満ちた声が怖くてたまらず、私は泣きながら「ごめんなさい」というしかない。


父はおとなしい人だったけれど、ごくたまに大声で怒ることがあった。それが私にではなく母に対して怒っていても、私はフリーズしてしまっていた。



両親が亡くなり、家で大声を出す存在は夫になった。子どもに対してでも、私に対してでも、私はやはり恐怖からフリーズしてしまったのだが…

夫の怒りは長続きせず「怒ってごめん」と謝ってくるのだ。


「はぁ?なんだこれ。一瞬怖かったけど、たいしたことなかったわ。なんか大丈夫みたい」


だんだんと、怒鳴り声が怖くなくなって、


この頃は、夫が急に怒り出して大声をだしても、「私のどの言葉が夫の心の地雷を踏んじゃったのかなぁ」とか思いながら、ただ「怒ってるわ」と、いまここにとどまれるようになってきた。過去のことを思い出してあれこれ心配したり怖がったりしないで、私が悪ければ謝るし、訳わかんない時は知らんぷり。


まぁ、夫の怒りはすぐ収まることもわかっている。


思い返せば、母の怒りも長くは続いていなかったはず。私の中に恐怖の楔が私自身によって打ち込まれていただけ。


少しずつ変わっている。そんな自分を褒めよう。

今日もセルフハグをして労ってみる。




そして、


私と同じ潜在意識の講座を受けているこの方も、少しずつ自分の枷を外して変わってきている仲間です。ようこさんのブログです。



この世界は、自分が思っていたよりもずっと優しい。そう実感している彼女のセッションはこちら。