今から26年前、阪神淡路大地震がありました。
僕は家で被災しました。
その時は高校生で、インフルエンザにかかって寝込んでいました。
それはそれはもう信じられないくらい揺れました。
高いところに置いていたCDコンポが落ちて来て、頭をかすりました。
直撃していたら怪我をしていたでしょう。
揺れが収まり、外に出ようとしましたが、観音開きの大きなタンスが倒れて来ていて、その中に閉じ込められるような格好になっていてなかなか出られず、その上、部屋の扉も物がつかえて開かない状態でした。
家はマンションだったのですが、非常ベルがずっと鳴り響いていました。
日が登った頃、なんとか外に出てみると道の向かい側の家が燃えていました。
うちは耐震設計になっていたみたいで、壁にヒビは入っていたけど住むには問題ありませんでした。
しかし家の中は立っている家具はなく、水道、ガス、電気は止まっている状態でした。
もう家にはいられないので、小学校に避難しに行きました。
インフルエンザで熱があったはずなのにいつの間にか下がっていました。
それから街を少し歩いてみると、軒並み家屋がぺしゃんこになっていて、道が塞がれているところもありました。
そしてJR六甲道駅が最寄り駅だったのですが、駅を見てみると、駅舎の一階が潰れ、高架が落ちてしまっていました。
馴染みの駅だったのでそれを見た時は呆然としてなんだか涙が出そうだった。
その日は小学校の講堂から出て、近くの公園で寝ました。
その日はとても寒く、次の日の朝には霜が降りていました。外で寝たのはその時が初めてでした。
今は街は綺麗になり、見た目は復興したように見えるけれども、震災以降神戸の財政は赤字に転落し、それからずっと戻っていない。
港が使えなくなって全国の他の港に散って行った船が結局戻って来なかったのだろう。
やっぱり特別な出来事。今から26年も前のことなのにこんなに鮮明に覚えている。
でもそのおかげで神戸のことがより好きになった。
今は大阪住まいだけど、将来はやっぱり生まれ育った神戸へ帰ろうと思っている。
今シーズンはルミナリエも震災の集いも行かない代わりに、当時の事を思い出してみた。