夜中のラブレターほど怖いもんはないので



このまま読み進めていただくのはオススメはしませんが、



ふと目覚めた夜中の3時。



覚醒してしまったついでに書きとめる。







わたしがブログに出会って8年をすぎましたが、



お金目的でもなければ、1発あててやろうな野心もないから



読まれないブログをここまでやめないでいる。



ただの趣味の領域。



好きだから続いてるわけで。



好きだけど、いや、好きだからか、そうとう悩んできた。



本来なら、ブログというスペースで文章でもって「自己表現」をしたいはず、それだけなのに



いつからか「自己主張」になっているってことを…



いつから?



いや、ずっとだよ?!



つい最近ようやくそれゆ気づいて、自分にほとほとがっかりしてる。



わたしの場合、文章書く動機とか、さぁ書くぞのエネルギー源が、8割がた「ネガティブ」。



どんな感情も大切なわたしの1部でナイガシロにはできないけど、



エネルギーの強さでみたら、どうしてもネガティブな感情のほうが勢いがあって



自分の中でねっとり居続けりたりするもんだから、



それをどこかに発散させないと気持ちが悪い。



だから書きたくなる!?



これってまぁつまり、ネット社会あるあるで、



顔がみえない知らないからって、ネガティブな投稿で見ず知らずの他人を攻撃するヤカラたちと、なんら変わらないんじゃないかって。汗



「自己表現」vs「自己主張」、これって似て非なるもの。



主張強めのおばちゃんが、自分のイヤな気持ちをただ言いたいだけのブログになってやしないか…



ん〜、それはイヤや。本望ではない。






かたや、「自己表現」。



そこにはポジもネガもない。ぜんぶひっくるめて、自分の内側を表現すること。



ほんとなら、そうありたい。このブログを、わたしの書く文章をそうであらせたい。



ふと、タイトルに目がいった。



「渡る世界は愛ばかり」



このタイトルをみて、人はどう思うのか。



「このブロガーさんの生きてく世界は、愛だらけなんだ♡」と、なるんじゃないの?



なんなら想像力豊かな人は「わぁ〜、それっていいな♡読んでみよ♡」



と仮になったとして、いざ読んでみたら…



「なんだコレ、話がネガ話ばっかやん」



期待を裏切るどころか、嘘つきブロガー。



こんな妄想をして、ひとりまた落ち込んだ。



だけど、このタイトルめっちゃ気にいってるんですよ。



変えるという選択肢は今のところない。(他にいいタイトルがないだけかもw)


 

だったら、わたしが生きてる世界、渡る世界に愛を探してみつけて、それを「自己表現」として書いていけばいいのにー。



そりゃどうしたってネガティブはわくさ。



いくら、感じることは全て喜びっつっても、ネガが少ないほうがいいに決まってる。



でもネガ感情は、ポジ感情があるから生まれるわけで



片方だけ、どっちがだけ感じていきてくなんて絶対ありえないんだから。



ネガの裏っかわにある、ポジに視点をずらしてもいいし



思考のスイッチでいくらだってネガ→ポジ変換できる。




わたしの人生は、そうやっていろんな感情を味わうのが醍醐味なんだと思う。



味わいながら、思考しながら、今この現実を生きるのです。



現実的に生きるということは、わたしの感じることをちゃんとみるってことかなって。



目の前の起きてる現実をスタートとして、それから感情を生むのではなく



わたしの心の状態、つまり「いい気分」からスタートして、そこから巻き起こる現実を楽しむっていいなって思うようになりました。



いつも、わたしの気分しだい照れ



わたしのこのブログも自己表現も、わたしが楽しむんです。



その状態で書かれた文章なら、夜中のラブレターみたいにけしてならないから🤣