ふうとも『諏訪の木陰から』

ふうとも『諏訪の木陰から』

お散歩のひとこま。

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お久しぶりです。7年半ぶりの投稿になります。

 

この『諏訪の木陰から』は、2010年の初夏にはじまりました。

当時あった地元のwebメディアに、定期的に寄稿することになって、このアカウント名とこのタイトルではじめました。

 

「諏訪」というのは、多摩市諏訪。

わたしが住んでいるところで、多摩ニュータウンで最も古かった分譲住宅のあるところ。

 

載るのは地元のメディアなので、近所の老若男女だれもが読んでほっこりできるような、地元のちょっとしたことに触れよう。

 

もう一つは、当時、ちょっとした頻度で通っていた、川崎フロンターレの練習場、麻生グラウンドの様子にも、少し触れてみよう。ここも歩いてちょうど5kmの近場です。

 

こんな感じではじめてみると、割とすぐに、熱のある接し方をしてくれる方々が出てきました。

とても嬉しかったです。

 

読んで反応を伝えてくれる方々のほとんどは、川崎フロンターレが好き、とか、多摩の地元に関心がある、とか、どちらかに熱が偏っています。当たり前ですよね。

いくら麻生グラウンドまで歩いて少しといったって、多摩市は東京都。

川崎市ではなくて、フロンターレの地盤ではないですから。

 

そんな中で、川崎フロンターレを好きで、それも近いとは思えない練習場に行くほど好き、それだけじゃなくて、諏訪2丁目住宅の日頃から濃い目のコミュニティとか、建て替えに向かっている様子にも、強く関心を持ってくれている方がいました。

 

あとで知ったのは、地域や街づくりに関わったり思い入れがあって、諏訪2丁目の建て替えを他人事とは思えない、というくらい思ってくれていたようです。

初めて会ったのは、やっぱり麻生で。

 

普段はひたすら愉快なんですが、当欄の書き手に対しては、話し込みたがってくれることがほとんどで、これも嬉しかった。

 

もう、凄かったです。初対面の時から。
探ってくるとか、そんなの一切なし。

書いて載せた文への感想や評価、そこから自分の経験や感覚、関心ごとなどを、真っ向からズドンと伝えてくれる。

 

「文への感想や評価」と言っても、流し読んで適当に、というのではぜんぜんない。

 

句読点の打ち方から、言葉を選んで置くときの心もち、目や心を持つ場所とか動き方、ありとあらゆることに真正面から触れてきます。

 

すぐに素っ裸にされた感じになって、それから、じっくり時間をかけて、ずっとまっすぐ向き合って話す。

揺れている幅の中で揺れるしかないような、答えがないことになると、どんどん濃い話になっていく。


苦味は苦味として、重みは重みとして。

 

こんな話ができる人は、まずいないです。

なんでわかるんだろう、というくらい、いつも心のうちを手にとるように話してくる。

魂のやりとりをしている感じでした。

 

こんなへっぽこに対してすら、
「文として表されたもの」に対しての愛情が尽きなくて、心身かけて向き合ってくれるよう。

 

こちらはもらってばかりで、なんでここまでやってくれるんだろう。

 

もしかすると、同じようなところがあるのかなぁと思ったりしたこともあるけど、いつでも大事にしているところに向き合わせてもらえる嬉しさ、喜びばかりでした。

 

ほんとうに、ほんとうに、ありがとう。

いつまでも、安らかに。


 

駅に集まった時から、
なんだか、わくわく、そわそわ。

それなりに、年をとって、
それなりに、いろいろと経験してきているつもりではいるんですが、
この日の集合は、子どものころ、
遠足に行く朝のように、
わくわく、そわそわしてきます。

【8月17日(土)13時ころ 南武線 登戸駅の行き先表示に「川崎フロンターレ」】
【8月17日(土)13時ころ 南武線 登戸駅の行き先表示に「川崎フロンターレ」】

午後1時、
南武線の登戸駅、
見慣れたはずの、プラットフォームにおりてみれば、
見慣れたはずの、次発の電車の表示には、
川崎フロンターレ」の文字が。

JR東日本が誇る、お座敷列車「」(Wikipedia)を借り切って、
ヴァンフォーレ甲府とのゲームに向かうのです(チームのwebの関連情報)。

ひと足先に、武蔵中原駅で
ほとんどの参加者を乗せて、
さぁ、登戸駅に、やってきました。

【8月17日(土)13時ころ 登戸駅に、お座敷列車がやってきます。皆さん撮影中】
【8月17日(土)13時ころ 登戸駅に、お座敷列車が。皆さん撮影中】

お座敷列車に乗り込んでみると、
さらに、わくわく、そわそわしてきます。

3人ずつ向かいあって、
6人ずつ座るテーブルが4つあるほかには、
畳と、大きな窓があるだけで、
ほかには何もない、
ゆったりとした空間なのです。

しかも、
わたしが乗ったのは、
一番後ろの6号車。

なので、
お座敷列車が走り抜けていく景色まで、
車掌さん越しに、パノラマで眺めることができて、
見渡さなくても、
目に見えるほとんどが、景色になっていたのです。

そして、
いざ、座って、走り出してみると、
まず、見慣れたはずの、立川までの眺めが
ぜんぜん違います。

広々とした空間に、大きな窓、
川崎フロンターレが好きな人たちが集まって
アウェイゲームの地、甲府に向かうとなれば、
すぐに、
お酒や、おつまみ、お菓子や、果物まで、
注ぎあっては、配りあって、
あっという間に、楽しい空間になるのです。

ゆったり、ゆったり、
走る感じも、お座敷列車らしくて、
乗っている人たちを、その気にさせるのに
一役買っているようです。

普段、走っている電車の
合間をぬって走るのです。

前の電車に追いつかないように、後ろの電車に追いつかれないように、
走っては、止まって、
時には、じっくり、止まってみたり。

その横を、特急「あずさ」が、
びゅ~んと、走り抜けていったりします。

【8月17日(土)14時30分ころ 猿橋駅にて、芸者さんの舞がはじまります】
【8月17日(土)14時30分ころ 猿橋駅にて、芸者さんの踊り】

【8月17日(土)14時30分ころ なんだか、雰囲気がいいんです】
【8月17日(土)14時30分ころ さすがの雰囲気です】

【8月17日(土)14時30分ころ 指先から、足元まで、すべて、行き届いている感じです(この写真のご提供:gunotasan)】
【8月17日(土)14時30分ころ 指先から、足元まで、
 すべて、行き届いている感じです(この写真のご提供:gunotasan)】


いちばん
長く止まっていたのは、
猿橋駅。

そんなタイミングで、
八王子の芸者さん、葉月さんが
われらが6号車へ。

まずは、踊りを2曲。

もう、指先から、足元から、扇子の先まで、
すべて、行き届いている感じなんです。

ただただ、
凛として、美しく。

【8月17日(土)14時30分ころ 山の緑を車窓から楽しみながら、お大尽な遊びを】
【8月17日(土)14時30分ころ 山の緑を車窓から楽しみながら、お大尽な遊びを】

【8月17日(土)14時30分ころ みんな破顔です】
【8月17日(土)14時30分ころ みんな破顔です】

【8月17日(土)15時30分ころ 甲府駅にて、お見送り(この写真のご提供:gunotasan)】
【8月17日(土)15時30分ころ 甲府駅にて、同乗のお二人からお見送り(この写真のご提供:gunotasan)】

それから、お大尽な遊びに。

屏風がなくても、太鼓がなくても、
そこにある空間をいかして、
そこに居るひとをいかして、
ことばに、手拍子に、
品を貫きながら、ふわりと崩して。

その場で、一気に、
芸者さんにしか、できなさそうな空間を、
芸者さんにしか、できなさそうなひと時を、
つくり上げてしまうのです。

とにかく、
ほんわかと、楽しいひと時でした。

【8月17日(土)18時30分ころ 甲斐の山々に包まれた、山梨中銀スタジアム】
【8月17日(土)18時30分ころ 甲斐の山々に包まれた山梨中銀スタジアム

【8月17日(土)19時30分ころ ハーフタイムに打ち上がる花火(この写真のご提供:gunotasan)】
【8月17日(土)19時30分ころ ハーフタイムに打ち上がる花火(この写真のご提供:gunotasan)】

夏の夕暮れ、
甲斐の山々に包まれたスタジアム、
打ち上がる花火たち。

ゲームに勝って(J's Goalの関連記事)、
お座敷列車に戻れば、
またまた飲んで、またまた食べて。

23時過ぎ、立川駅で降りてみれば、
ほんの少し、風が涼しくなって、
秋の足取りを、感じたりするのでした。
【8月4日(日) プラットホームの形だけが残された陸前高田駅】
【8月4日(日) プラットホームだけが残された陸前高田駅】

草を分けて進んでみると、
いきなり、その光景が、目を重たくしてきます。

プラットホームだけが残された、
陸前高田駅です。

プラットホームの姿を保ちながら、
ほかには、何もなくて、
草がぼうぼう。

削げたコンクリートに、
土台ごと抜けた、黄色の点ブロック。

それに、
ふだんは、多くを感じたりはしない
白い点線まで、なんだか生々しいのです。

【8月4日(日) プラットホームの形だけが残された陸前高田駅】
【8月4日(日) 黄色の点ブロック。陸前高田駅にて】

ほんとうは、草を分ける、というほど、
草を分けて、進んでいくわけではありません。

進む、というほど、
奥まで入り込んでいくわけではありません。

ささっと歩く、くらいです。

だけど、
生え放題に生えて、のび放題にのびている
草をぬって歩いて、目の前まで来てみなければ、
草に隠されて、見えない光景なのです。

どうしたって、
草を分けて、進んでいく、なのです。

【8月4日(日) のび放題の草々が、津波の跡を隠しはじめていました。陸前高田市立高田小学校のそばにて】
【8月4日(日) のびた草が、津波の跡を隠しはじめていました。陸前高田市立高田小学校のそばにて】

青い空に、白い雲、
涼しい空気に、草木の緑。

気持ちのよい、夏らしい、夏の朝です。

前夜のユアテックスタジアム仙台
ベガルタ仙台川崎フロンターレの、
どっしり組み合って、強さをいなしあって、
ほころびを突きあって、
なんだか、お互いのチカラを引き出しあったようなゲーム(J's Goalの関連記事)。

仙台七夕まつりを前にした、街に溢れる高揚感に、
スタジアムのあちこちでの、両チームのサポーターのほっこりする再会。

そんなゲームの翌朝、
川崎側は選手やスタッフ、サポーターまで、
それぞれ、岩手県の陸前高田市に向かうのです(J's Goalの関連記事sportsnaviの関連記事チームのwebの2011年の関連情報同2012年の関連情報関連コラム)。

一年ぶりの陸前高田は、
夏の緑が、濃くて、深い場所になっていました。

生い茂る草々が、
なんだか、津波の跡を、隠しはじめているようでした。

海の匂いを、生きるものの匂いを、
濃く、強く、そのままぶちまけたような、
津波がはこんできた、泥の重なりは、
土が入れ替えられることで、、
少しずつ、減っているのかもしれません。

そんなもろもろを浴びた建物も、
意図して残されているもの以外は、
ほとんど姿を消しつつあるのかもしれません。

そこに、
あたたかさを感じさせる、やさしさを感じさせる、
チカラを感じさせる、草々が包み込めば、
裸の土地に、津波にまみれた姿が剥き出しだった土地に、
新たに息が吹き込まれて、
ぐいぐいと、前に進んでいるような気さえ、
してしまいそうでした。

草のいのちに、
たくましさや、生きる喜びは感じても、
ひとが暮らして、季節の移ろいを味わって、
ああでもない、こうでもないと、
日々を、心おきなく過ごすには、
まだまだ、
何も進んでいないのに近いかもしれません。

津波に流され、津波に削られ、
津波に運ばれ、津波に残されたすべての、
ほんの一部が、わずかに戻りはじめたまでなのかもしれません。

ほぼ全員が住宅を失ったのに、
高台に土地を確保して、住宅地を作ることから始めるために、
新たな住まいを建てることすら、まだ数年かかるというのです。

【8月4日(日) 電柱はすべて新しく、神社の石柱は折れています】
【8月4日(日) 電柱はすべて新しく、神社の石柱は折れています】

【8月4日(日) 住所と居住者を示す看板があちこちに】
【8月4日(日) 住所と居住者を示す看板があちこちに】

【8月4日(日) 津波の跡が残る側溝の水】
【8月4日(日) 津波の跡が残る側溝の水】

【8月4日(日) 車道をランナーが駆け抜けていきます】
【8月4日(日) 車道をランナーが駆け抜けていきます】

すべてが新しい電柱。
斜めに歪んだ歩道。
折れて、転がったままの、神社の石柱。
津波の跡が、そのまま残る、側溝の水。

いたるところに建てられた
看板たちの一つには、
「陸前高田市 高田町川原町10-2 後藤陶器漆器店」。

震災前の所有者を記したものなのか、
再開後の割り当てを示すものなのか。

「小谷園茶舗」の看板のわきを通りぬけると、
ふいに、ランナーが駆け抜けていきます。

まだ見えづらい復興までの、おそらく長い長い日々にも、
いや、長い長い日々だからこそか、
たぶん、それまでと同じように、
日曜の午前、なにがしかの距離を走るのです。

ちょっと、じわんと来ました。
それから、ほっとしました。

早くどこかの大会に出て、
走った後くらい、心おきなくビールをあおって欲しいな。

【8月4日(日) 川の流れの穏やかさとのギャップが、津波の威力を実感させます】

【8月4日(日) 川の流れの穏やかさとのギャップが、津波の威力を実感させます】
【8月4日(日) 川の流れの穏やかさとのギャップが、津波の威力を実感させます】

【8月4日(日) あちこちに見える盛り土】
【8月4日(日) あちこちに見える盛り土】

ふらっと、小川に近づけば、
欄干を支えるコンクリートまで、ぐにゃりと引き裂かれた橋に、
押しつぶされた鉄の欄干。

でも、下を流れる川の流れは、
おだやかで、やさしくて、生きる力に満ちたものなのです。

それから、
大きな建物を建てるために、あちこちに見える盛り土の山。

盛ってから時間がたって、
雨を浴びて、風に吹かれて、土が固まり、ひび割れていたり。

盛り土の準備はできても、引く手あまたの建築会社を
待つ時間が、長くかかってしまうようです。

【8月4日(日) 草むらに残された、カメラとレンズ】

【8月4日(日) 草むらに残された、カメラとレンズ】
【8月4日(日) 草むらに残された、カメラとレンズ】

草むらに目が向くと、
津波にまみれて、満身創痍な
一式のカメラとレンズが。

震災後、見つけ出して、
あえて、この場所に残してあるんでしょうね。

そこでも、ここでも、
ひとの暮らしを、津波が飲み込んで、
それでもなお、
ひとの暮らしが、津波を乗り越えていくのです。

お手つないで、えへへ。ふろん太と、たかたのゆめちゃん。

【8月4日(日) サッカーを楽しみます。陸前高田市立高田小学校にて】

【8月4日(日) サッカーを楽しみます。陸前高田市立高田小学校にて】

【8月4日(日) サッカーを楽しみます。陸前高田市立高田小学校にて】
【8月4日(日) サッカーを楽しみます。陸前高田市立高田小学校にて】

今回の訪問の中心は、
陸前高田市立高田小学校です。

ここで、川崎フロンターレが、
毎年恒例となりつつある、サッカー教室を開くのです(選手やスタッフの関連ブログ:中村 憲剛さん、登里 享平さん、清水 泰博さん)。

今回は、サッカー教室を横目に、
地元の少年サッカーチーム、高田FCの会長を務める戸羽さんの体験談を。

電気屋を営む戸羽さん、
自宅を兼ねたお店の屋根に、
取り扱う電機メーカーご自慢の太陽電池を据え付けている時に、
あの日の地震に遭うのです。

街が津波に飲まれて、
判断一つが、生き残りを分けて。

知人の家に、家族5人で転がり込んで、
助け合って、しのぎあって、いくのです。

しばらくすると、
山の上に、お寺の軒先に、
次々と、グラウンドらしき場を整えて、
サッカーを始めます。

「サッカーどころじゃないって、悩みに悩んだけれど、
 男の子たちは、そうでもしないと、もたないんです」。

高田小学校の校庭は、土を整え、
ふたたび、サッカーができるように。

だけど。

「高田小学校は、被災したために、校庭でサッカーができるんです。
 他の地域をみると、被災していない学校の校庭には、みんな仮設住宅が建っています」。

そうこうしていると、
いろいろな地のサッカー関係者から、
ゲームに招かれたり、さまざまな支援を受けたり。

日々の暮らしに、直接、役に立つわけではないけれど、
いざという時こそ、
こころのありかに、生きていくチカラに、ひとの交わりに、
サッカーが効いてくるのだとでもいうような。

ずっと、ずっと、
ひたすら、ひたすら、
生きていることのありがたさが、
ひととひとの触れあいのありがたさが、
迫ってくるような話の数々でした。

【8月4日(日) 沿岸の工事現場から、奇跡の一本松や、海岸の今を】

【8月4日(日) 沿岸の工事現場から、奇跡の一本松や、陸前高田の今を】
【8月4日(日) 沿岸の工事現場から、奇跡の一本松や、陸前高田の今を】

【8月4日(日) 震災がれきの処理も急がれています】
【8月4日(日) 震災がれきの処理も急がれています】

【8月4日(日) ぶどう畑の半分ほど、津波に遭ったとのこと。神田葡萄園にて】

【8月4日(日) おいしそうなぶどうが実っていますが、畑の半分ほど、津波に遭ったとのこと。神田葡萄園にて】
【8月4日(日) おいしそうなぶどうが実っていますが、畑の半分ほど、津波に遭ったとのこと。神田葡萄園にて】

【8月4日(日) 震災がれきからキーホルダーを。気仙大工左官伝承館にて】

【8月4日(日) 震災がれきからキーホルダーを。気仙大工左官伝承館にて】

【8月4日(日) 震災がれきからキーホルダーを。気仙大工左官伝承館にて】
【8月4日(日) 震災がれきからキーホルダーを。気仙大工左官伝承館にて】

震災がれきの塩を抜くなど、前処理を急いでいたり、
橋を早く架けなおす準備を進めていたり、
かの一本松を、なんとか残しながら、
丸裸になってしまった海辺に、
いつの日か、また来るかもしれない津波への備えを築いたり。

そんな、陸前高田の現在に触れながら、
海に近いぶどう農場、神田葡萄園にて(Yell Nipponの関連記事)、
ワインに、ジュースに、おいしさにびっくりしたジャムを。

丘を一気に登って、気仙大工左官伝承館に向かえば、
震災がれきから手作りされている
瓦Re:キーホルダー」を作るのです(東北電力の関連情報)。

不器用ながら、でき上がったキーホルダーは、
わたしの手帳に。

手に取るたびに、
思い出すはずですからね。