今年の夏の部活の同窓会は、驚きの中で行いました。

 

6年前に3学年合同で同窓会を開いて以来、毎年定期的に、自分達の学年は同窓会をしています。

 

最初の頃は学年の同窓会に出てきていたヤツがいたんですが、ここ数年出て来てないばかりか、電話にも出ず、メールも返信せずと、連絡がとれないヤツがいました。

 

彼の実家が自分の家から遠くないということで、自分が彼の実家を直撃訪問することになりました。

 

小中学生時代は何度か訪れたことのある家なので、気軽に訪ねました。

 

彼の母親に会いました。すぐに自分のことを思い出してくれました。

 

彼は今どこにいるのか、訪ねたところ、彼の母親は空を指さして泣き始めました。

 

彼は3年も前に、自ら命を絶っていました。

彼の母親は、そのことを彼の友人たちには連絡できなかったそうです。

 

彼の母親の口から、部活の仲間たちの名前がつぎつぎに上がってきます。

「連絡できなくてゴメンね、とみんなに伝えておいて」と、涙ながらに言われました。

 

自分は何も言葉をかけることができませんでした。

 

 

そのことがあって以来、自分は気弱になってると感じています。

た、10月29日に飲んだ友人のことも気になっていました。

先週の土曜日(10月29日)に中学時代に同じ部活だった友人と飲みました。

 

6年ほど前、部活の顧問だった先生が定年退職を迎えるということで、自分たちの学年を一番下として、3学年合同の部活の同窓会がありました。

以後、自分たちの学年だけですが、年に1、2回、集まって飲んでいます。

 

が、先週は彼と自分のみ。

 

今年も夏に、集まってのみましたが、その1か月後くらいに、その友人から飲みに誘われました。自分を含めて、近場に住んでる3人が誘われましたが、あいにくその時は全員都合が悪く、実現しませんでした。

 

誘われた時の感じが、どこか気になるものだったので、今回は自分から彼を含めて近場の3人を誘いました。

 

自分以外にも”気になる”感じを受けていた者がいて、悪い予感が当たらなければいいなと思いながら、出かけました。

 

幸いにも悪い予感は当たりませんでしたが、孫が生まれると聞きました。

おめでたい話なのですが、もう、そんな年齢になってしまったのかと複雑な心境でした。

 

50歳目前。孫がいてもおかしくはないのですが、どこかまだ遠いところの話に感じます。

 

月日の流れを感じて、むしょうに人恋しくなっています。

 

金沢おバカプランの帰路。

 

2時頃に時計駐車場を出て、金沢東ICで高速へ。

 

有磯海SAで休憩。その後は一気に上信越道の小布施まで。

 

小布施ハイウェイオアシス。

 

上の娘が小学生、下が幼稚園の頃、海水浴帰りにこの公園に寄った。

子供2人が遊んだアスレチック遊具がそのまま。

 

  

 

娘は今年二十歳になった。

妻が二十歳の時、自分と出会った。

二十歳の自分は、しょうもないヤツだった。

K子との思いでのある中央公園で、何かイベントをやっている。

このあと金沢城公園に行くので通り抜けるつもりだったが、食べ物関係のイベントはいい匂い。

つられて、ゴーゴーカレー。

 

植栽のベンチで1人食べ。

おいしかった。

 

一服したあと、城内へ向かう。

 

右手にいもり堀。

ここは当時、テニスコートだった。ここでK子に別れを告げた。

 

城内の様子はすっかり変わっている。

こんなに広かったんだ。

 

とりあえず、当時から残る石川門にごあいさつして、教養学部跡へ。

 

生協の北側は坂が複雑にからみあっていた。

チェック坂と言って、女の子をチェックしていた場所。

 

復元された土塁の形状から、チェック坂がなぜあんなに複雑に絡んでいたのかがわかる。

 

城内をあとにし、博労町、近江町をとおてエムザへ。

 

近江町は家族旅行で来たばかり。

 

妻と出会ったのは大学4年のとき。

妻は群馬の人間である。大学の長期休暇で帰省したときに知り合った。

何人かでディズニに行ったり、次に帰省した際に2人であったことも一度あるが、時期がはやかったのだろう、自然と連絡をとらなくなっていった。

妻と付き合うようになったのは社会人2年目が終わろうとしてる、Y子と別れた頃のこと。

 

そのY子とはエムザで知り合った。

 

名鉄丸越。当時はそういう店名だった。

そこの地下食品売り場のバイト仲間だった。

 

美人・・・ではない。けど、好みのタイプだった。

2歳年下の短大生。話しやすい子だった。

 

大学4年で、もう就職先も決まっていた。

群馬に帰ることも決まっていたのに、落ちてしまった。

 

大学卒業後2年近く、遠距離でお付き合いをさせていただいた。

月に一度の金沢に行くときが待ち遠しかった。

 

Y子の母親と会ったこともある。Y子は高崎にも来てくれた。

K子、T子と同じN高校出身。「T子先輩はちょっと苦手」と言っていたな。

 

お寺の娘、姉が仏前結婚だった。教会で式を挙げたいと言っていた。

将来は、群馬に連れてくるんだろうなと思っていた。

 

が、いつのまにやら気持ちがすれ違っていった。

自分のわがままが原因なのか、よくわからない。

 

最後の電話は後味の悪い切り方をしてしまった。

後悔している。

 

何年かして、結婚したと人づてに聞いた。

会うことも、話すこともしてはいけない人になってしまった。

 

こんな自分と付き合ってくれたこと、そして迷惑かけたり嫌な思いをさせてしまったこと、

感謝と後悔の気持ちでいっぱい。

 

元気でいるなら、遠くからでいい、一目見て手を合わせたい。

その後も何度かM子とあった。

合う場所は、自分の部屋だったり、M子の部屋だったり。

 

M子とは付き合ってたわけではない。
M子は、K藤と別れたあと、新たな彼氏がいた。

 

新たな彼氏が事故で入院した時に、彼氏の部屋まで猫にエサをやりに行っことがある。

猫もわかっているのか、襲われた。胸に爪がつきささった。

 

なんてことを思い出しながら、信号を渡る。少し行くとファミールというお店があった場所。

今は違う店になっている。二階への外階段は変わってない。

 

そこから北上し、香林坊へ。

大学1年の時に、アトリオがオープンした。

 

ここのtakaQで、断り切れずに高い買い物をしたことがあったっけ。

 

中央公園側に出る。

オリヤンタルという喫茶店があったのは、ここらへんだったよな。

 

オリヤンタルでK子がバイトしていた。

K子とは、大学1年の時に付き合ってた。

 

友人Kは、このオリヤンタルに、高校時代から通っていたらしい。

K子目当てで。

 

デートといっても、中央公園とか玉川公園を一緒に歩く程度。

 

もっと遊びたくて、2年生になる頃、K子と別れた。

 

K子とT子は同じく地元金沢のN高校。同じ部活で、K子が1年先輩。

偶然だが、K子、T子、Y子、同じN高校の同じ部活。

あとで聞いたら、当然ですが、Y子はK子もT子も知っていました。

 

K子は京都の方に就職したらしい。

追ってたのは、二兎じゃなくて三兎だった。

 

大学2年のころは、

同じ大学の同級生Sのことも追っかけてた。

 

その子の部屋で飲んだり、お店に出かけて飲んだりしてた。

(ん? 飲んでばっかだな)

能登一周もしたな。飛騨高山も行った。

 

なんてことを思い出しながら、片町一丁目の信号。

向かいには昔、ラブロ片町があった。

今は片町きららと言うのか。

 

三兎を追ってた頃、友人K藤と別れたばかりのM子と、何かの用事でラブロ片町で待ち合わせたことがあった。

M子は他大学で同学年。神戸の方の出身らしい。

 

体調がよくなかったのか、急に気持ちが悪くなり、M子が来た頃には、立ってられなくなっていた。

用事は後日に延ばして、M子にタクシーで送ってもらい、アパートへ帰った。

 

看病してもらったわけではないが、落ち着くまでということで、一緒にいてくれた。

やがて自分は寝付く。

 

目が覚める。寝たおかげで体調は良くなってるみたい。

が、なぜかM子が一緒の布団で寝ている。

 

M子も目を覚まし・・・

 

 

三兎を追ってたら、猫を得ちゃった。

 

なんだこりゃ!

土曜日の昼頃だってのに、人がいない!

 

建物も、ところどころ歯が抜けたようになくなっている。

 

記憶の中にある竪町とは大違い。

あの賑やかだった竪町はどこへ行ってしまったのか?

 

ローソンがある。

竪町ストリートにコンビニ、イメージに合わない。

 

さびしいな。

地元の人の流れが変わっちゃったんだね。

 

感傷に浸りながら、片町方面へ歩く。

 

お好み焼きの「しずる」を見つけた。

少し、うれしくなった。

 

友人Kのバイト先だったカボシャールがあった場所。

とうに店はなくなったと聞いている。

 

長崎屋があった場所。

そこでバイト中に、ちょっと好きだったT子がデートしてるのを見かけて、ショックを受けたことを思い出した。
 

そういえば、T子はY子の高校の一学年先輩だったよな。同じ部活で。

 

T子は、自分と同じ大学で、一学年下。同じサークルに入ってきた。

「おじいちゃんに似てる」と言われてから、意識し始めた。

 

2人で飲みに行ったこともあった。

 

ただ、ユミと出会ったのも、その頃。

二兎を追って、一兎も得なかった。

 

 

金沢駅西の時計駐車場の4階に駐車できた。(家族旅行のときは最上階だった)

 

このあとは、本多町の坂本アパートを見て、街中をぶらぶらするつもり。

 

バスの乗る。観光客が多く、混んでる。

ジャージ姿の高校生の隣の席に座る。

 

男子だと思って遠慮なしに座ったけど、周りの友達と話すのを聞いてたら、女子だった。

オヤジに隣に座られて、嫌だったろうな。

 

広坂で降りる。

さきほど車で走ったところ。

 

今日は県工の行事が歌劇座であるみたい。

生徒が大集団で歩いている。先生も大変だな。

 

クボタハウス(当時の自分たちの符号)の横を通り、

大乗寺坂。

 

 

ここに原チャリを止めていた。

 

そして、廃墟と化したアパ-ト。

複雑な思い。

 

あとはブラブラ。

竪町へ向かおう。

 

遊学館と昔「金城」だったと思う。

ユミは確か、金城だったハズ。

盲腸で入院したユミをお見舞いに行ったこともあったな。

 

鱗町の交差点。

出口の弁当屋があったところだが、今はない。

 

地下連絡通路。何度も通った通路。

 

油車・柿木畠へと通じる道。ここも懐かしい。今日は通らないけど。

 

道路向かいに天狗中田が見える。いよいよ竪町だ。少し興奮。

 

角を曲がった瞬間、愕然。

旭町は大学1年の時に下宿していた。

そこを目指して走る。

 

左手に徳光ハイウェイオアシスを見ながら、一般道で金沢を目指す。

野々市を抜ける。

 

金沢市内の入江町。

友人Kの実家がある町。学生時代には、夕食をごちそうになったことがあり、遠距離でY子と付き合ってた頃には、泊めてもらったこともある。Kはどうしてるかな?

 

そのまま走り抜け、若宮大橋。右折し片町方面へ。

笠舞方向へ行きたかったのだが、レーンどりを誤り、片町で左折してしまった。

 

香林坊で右折。広坂をまた右折。

 

本多町は大学2年以降住んでいた。

せっかくだから、そこの近くまで車で行く。MRO近くのローソンのところを左に入り、県工方面へ。

 

NTTビルへとつながる階段がある。その近くに住んでいた。

取り壊したと聞いていた。

 

 

が、うっそうとした木々の隙間から、それらしい建物が見える。驚き。

 

駐車場所がないので、とりあえず再度走り出す。

 

思案橋を入ると、ユミとしりあった食品店があった場所。

車走でその跡地をみて、笠舞方面へ。

 

ガソリンが少ないので、笠舞交差点直進しスタンドを探す。

菊川で、右手にスタンドがある。

 

Uターンできる場所を探してしばらく進む。

ショッピングタウンパレット。昔は違う名前だった気がする。

 

Uターン。

コインランドリーは、なくなっていた。

 

クルーズ。まだあったんだ。懐かしい。

当時高校生だったユミと入った覚えがある。

 

給油後、笠舞交差点を右折。

石引温泉もまだ健在。

 

時はなかった道を走って、一気に田井町交差点へ。

右折し、朝日町へ。

 

変電所は当時と同じ。

 

旭町。

建物が増え、すっかり様子が変わったが、下宿があった場所へ。

アパートに姿を変えていた。

 

珍しい苗字の大家さんが営む「太陽荘」という下宿だった。

ここから原チャリで城内キャンパスへ通っていた。

 

今の姿を写真に収めて、駅西の時計駐車場を目指す。

 

美川ICほど近くの集落に、Y子の実家がある。

 

大学を卒業して2年近く付き合っていた。

金沢で会うことが多かったが、高崎まで来てくれたこともある。

彼女の実家には、行ったことがない。

 

「結婚した」と聞いたことがあるので、今は実家にはいないと思う。

「まるでストーカーだよな」と思いながら、集落内を運転する。

 

ナビの画面表示と実際、よく見ると表示通りなのだが、目印になるものがなく、わかりづらい。

 

道が細い。曲がり角は、軽自動車でもやっとだ。

同じところを何度も回ってしまった、9時過ぎ。不審車だったな。

 

見つけた。

 

ここから来てくれたんだ。

ありがたい。

今が幸せであることを祈る。

 

ここに長居してはいけない。すぐに集落をあとにする。

 

次の目的地は金沢市旭町。