毎日、小説を書いています。
内容はどうあれ、毎日書く生活です(^_^;)。
短編なら1~2ヶ月で1作品のペースで書けたら良いかなと思っています。
今、私の経済力は小さい。
でも、いつかは家族全員が働かないでも自由に好きな事ができるレベルにしたいです。
その時、私も『日本列島・島めぐり』なる本を書くために旅行に出かけることでしょう(^_^;)。
内容はどうあれ、毎日書く生活です(^_^;)。
短編なら1~2ヶ月で1作品のペースで書けたら良いかなと思っています。
今、私の経済力は小さい。
でも、いつかは家族全員が働かないでも自由に好きな事ができるレベルにしたいです。
その時、私も『日本列島・島めぐり』なる本を書くために旅行に出かけることでしょう(^_^;)。
最近は勉強よりも小説を書く事に集中しています(^_^;)。
家族を支えるために、お金を稼ぐには書くしかない、という結論に達しました。
プロの作家になる!と決意し、毎日書いています。
書き上げたら、その時締切が近い文学賞に応募します(^_^;)。
誰かのために書くは、素敵ですね?素敵ですか?
わからないけど、書くしかないのです(^_^)v。
家族を支えるために、お金を稼ぐには書くしかない、という結論に達しました。
プロの作家になる!と決意し、毎日書いています。
書き上げたら、その時締切が近い文学賞に応募します(^_^;)。
誰かのために書くは、素敵ですね?素敵ですか?
わからないけど、書くしかないのです(^_^)v。
『そういえば、修学旅行の期間しか親元から離れていない』ふと淳之介は思った。
親をモデルに築き上げた性格を客観視するには距離を置くのが一番である。
そこで淳之介は一人旅を空想する。
受験対策で緊張感が出始める秋に、勉強からの逃げなのか、自立への一歩なのか、今の段階で見極めるのは難しい。
すべては時が解決する。
微積の授業は文系の淳之介にはしんどい。
でも、数学が苦手ではモテないと自覚しているから、必死だ。
なぜ数学ができると頭が良いと思われるのか、謎である。
いろいろ理屈をつけても答えはない。
第一、本当にモテるのかも謎だ。
さて、そんなこんなで、一日は終わる。
空想と愛想笑いの十八年である。
・・・どうでしょうか、この文体は(^_^;)。
作家ぽい文体にしたのですが・・・(^_^;)。
変でしたら、もう少しマイルドにします(^_^)v。
親をモデルに築き上げた性格を客観視するには距離を置くのが一番である。
そこで淳之介は一人旅を空想する。
受験対策で緊張感が出始める秋に、勉強からの逃げなのか、自立への一歩なのか、今の段階で見極めるのは難しい。
すべては時が解決する。
微積の授業は文系の淳之介にはしんどい。
でも、数学が苦手ではモテないと自覚しているから、必死だ。
なぜ数学ができると頭が良いと思われるのか、謎である。
いろいろ理屈をつけても答えはない。
第一、本当にモテるのかも謎だ。
さて、そんなこんなで、一日は終わる。
空想と愛想笑いの十八年である。
・・・どうでしょうか、この文体は(^_^;)。
作家ぽい文体にしたのですが・・・(^_^;)。
変でしたら、もう少しマイルドにします(^_^)v。
最近、本当はやりたい事ではないのに、努力して成功を目指す生き方に疑問を抱いています。
怪しげな宗教に入ったわけではないのですが、自分が楽しい(うれしい)と思わない事を他人に提供しても通用しないのではないか?
憂鬱や陰気は伝染するだろうし・・・。
などなどと考えると、心からしたい事は何か?と日々考えるわけでして、そして、それが経済的なものを生むか否かは別問題なわけなのです。
そう、この経済的な、という表現も既に俗世間の何かしらに囚われていて、好き嫌いよりも、損か得かで考えている証拠なのだと思います(^_^;)。
子どもの頃、『伊勢えびよりも、ザリガニの方が好き!』などと無邪気に答えていた子が、
「ザリガニよりも、伊勢えびの方が高級(高価)である」と知ると価値観が変わってしまうように、
好きか嫌いかよりも、損か得かに囚われ始めると、やりたい事が見えにくくなるようですね(ノ_・。)。
芸術家志望だと、一見好きな道を行くみたいに見えますが、何かの賞を取ることに囚われると、作品から純粋性が奪われ、見るも無残な作品になってしまうか、創作意欲が奪われて全く作れなくなることもあると思います(^_^;)。
今、生きていることに感謝して、自らが喜び(陽気な感情)に満たされることを源として、他人に提供し、交流する。
笑顔が自然に浮かんでくるようなそんな人生の選択がしたいものだと最近思い始めています(^_^;)。
怪しげな宗教に入ったわけではないのですが、自分が楽しい(うれしい)と思わない事を他人に提供しても通用しないのではないか?
憂鬱や陰気は伝染するだろうし・・・。
などなどと考えると、心からしたい事は何か?と日々考えるわけでして、そして、それが経済的なものを生むか否かは別問題なわけなのです。
そう、この経済的な、という表現も既に俗世間の何かしらに囚われていて、好き嫌いよりも、損か得かで考えている証拠なのだと思います(^_^;)。
子どもの頃、『伊勢えびよりも、ザリガニの方が好き!』などと無邪気に答えていた子が、
「ザリガニよりも、伊勢えびの方が高級(高価)である」と知ると価値観が変わってしまうように、
好きか嫌いかよりも、損か得かに囚われ始めると、やりたい事が見えにくくなるようですね(ノ_・。)。
芸術家志望だと、一見好きな道を行くみたいに見えますが、何かの賞を取ることに囚われると、作品から純粋性が奪われ、見るも無残な作品になってしまうか、創作意欲が奪われて全く作れなくなることもあると思います(^_^;)。
今、生きていることに感謝して、自らが喜び(陽気な感情)に満たされることを源として、他人に提供し、交流する。
笑顔が自然に浮かんでくるようなそんな人生の選択がしたいものだと最近思い始めています(^_^;)。