1年前ぐらいかな、入れたの

1年前はこんな気持ちにはならんと思とったのにな

1年経った今はこいつが憎くてかなわん

めっちゃ消したい

消したい消したい消したい…

けど心のどっかでそれに反対する自分がおる気がする

葛藤、的な

けど近いうちに消すと思う

冬のボーナスで消そうかなと思っとる

来年には持ち越したくないな

だんしゃりだんしゃり♪



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ある事柄に対して、ここまでは許せる範囲、ここからは許されへん範囲ってのがあって
その範囲の広さってのは人それぞれで、許せる範囲が広い人の事を器の大きい人間、狭い人の事を器の小さい人間って言うねんて
あくまでも僕のおかんの意見な
けど“ある事柄”ってのがアバウトすぎる気がするねんな
例えば許せる範囲と許されへん範囲を合わしたのを10として
“A”という人は“a”という事柄に対して許せる範囲が7で、許されへん範囲が3とする
同じ“a”という事柄に対して“B”という人は許せる範囲が3で、許されへん範囲が7とする
また別の事柄“b”に対して“A”という人は許せる範囲が3で、許されへん範囲が7とする
けど同じ事柄“b”に対して“B”という人は許せる範囲が7で、許されへん範囲が3やとする
“A”の人も“B”の人も、器が大きいとも小さいともとれる事になる
仮に“a”の事柄に対しても“b”の事柄に対しても、許せる範囲が7で、許されへん範囲が3の“C”という人がおったとしよう
けどこの人も“c”という事柄に対しては同じようにはいかへんかもしれん
だから器の大きさっていうのは“ある事柄”に対してじゃなくて
どれだけ“多くの事柄”に対して許せる範囲を持ってるかって事じゃないのかな、と僕は思う
だから“多くの事柄”を経験した人はそれだけで器が大きくなるんじゃないかな、と思う
だから単純に歳を重ねると器の大きさも自然と大きくなっていくんじゃないかな
だから僕は二十歳やけどそんな若僧が器の大きい人になりたいとかほざいたところで所詮それは強がりに過ぎん訳で
自分を苦しめるだけじゃないのかなと
だから若い内は言いたい事は遠慮なしに言ったらいいと思う

以上!
思った事はばんばん言っていこうと思った今日この頃でした。






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伊坂幸太郎/重力ピエロ

ずっと読みたいと思とった一冊

ようやく読んだ

まずざっくりした感想

めっちゃよかった

ほんまにざっくり(笑)

何がそんなによかったのか

まず僕が一番に思ったこと

家族愛

なんとなく結末は読めとった

たいていは当たっとった

けど、その結末に対する兄と父の対応の仕方は読めへんかった

世間体なんか二の次や、一番大事なんは一番愛すべきは家族なんや

僕はそんな風に読みとった

この考え方にはすごい共感できた

世間がお前の事を否定しても、許さんくても、俺ら家族はお前の味方やし、お前を許す

もちろん世間体の方が大事や!って言う人もおると思う

それはそれで全然いいと思う

捉え方、考え方は人それぞれであって

けどそういう人にも読んで欲しいなって思う

そういう人がこの本を読んだらどういう感想を持つんか知りたいなって

あともう一個共感できた部分としては

『母さんは気休めが好きだった。人を救うのは、気休めのうまい料理だと信じていた』

ってセリフ

セリフっていうか、この母さんの考え方

僕は、『なんとなく』とか『とりあえず』って言葉が嫌いではない

むしろ好きなくらいや

だから多分、必然的に『気休め』って言葉も好きなんやと思う

だからこのセリフに共感できたんやと思う

僕はひとを励ますのが苦手や

『とりあえず待つしかないんやから』とか『そんな悩んだって結果変わらんねやから元気出そうぜ』とかそんな事しか言えへん

まさに『気休め程度』でしかない

こんな『気休め程度』の事しか言えへん自分がなんとなく情けないと思とった

けどこの本を読んで『気休め程度』の事でもええんかなってちょっと思った

ほんまのちょっと

けどほんまのちょっとでもそう思わせてくれただけでもこの本を読んだ価値はあると思う

とりあえず僕はこの本に出てくる家族たちの考え方がめっちゃ好き

最後に弟と父がいったなんかええなと思ったセリフ

『僕とお兄ちゃんは最強なんだ』
『俺たちは最強の家族だ』


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