当時6歳。この記憶が本当かどうかは定かではありません。
でも不登校のきっかけは先生の言動。
理不尽な体罰。叱責。明らかな贔屓。
6歳にして、大人の汚さと自分の無価値観を
全身で感じたものでした。
当時、子どもが何を言おうと
先生の存在は絶対的で
弱い子ども、わがままな子どもの言うことは
信じてもらえませんでした。
私の母と父だけは
私の弱さを受け入れ
苦しいなら行かなくてもいいよ。
そう言ってくれました。
それが社会から離れてしまうことは
なんとなくわかっていたけれど
嫌いな人に会わねばならない苦しみより
ずっといい。そうして始まった不登校生活。
それが今の私を作っています。
学校に行かない選択をできる子どもは
どれだけ自分を確立していることか。
世の中のおかしさ、自分の心に敏感な人間しか
その選択を選ぶことはできないものです。
学校に行かない選択をする強さをもった自分を
今なら心から褒めてあげられる。
自分を守るためならば
学校なんて行かなくてもいいよ。
教師になった今だって
私は学校なんて行かなくても
何も困らないと思っています。
そう思ってくれる学校なら
行きたくないなんて、みんな思わないのにね。
でも不登校のきっかけは先生の言動。
理不尽な体罰。叱責。明らかな贔屓。
6歳にして、大人の汚さと自分の無価値観を
全身で感じたものでした。
当時、子どもが何を言おうと
先生の存在は絶対的で
弱い子ども、わがままな子どもの言うことは
信じてもらえませんでした。
私の母と父だけは
私の弱さを受け入れ
苦しいなら行かなくてもいいよ。
そう言ってくれました。
それが社会から離れてしまうことは
なんとなくわかっていたけれど
嫌いな人に会わねばならない苦しみより
ずっといい。そうして始まった不登校生活。
それが今の私を作っています。
学校に行かない選択をできる子どもは
どれだけ自分を確立していることか。
世の中のおかしさ、自分の心に敏感な人間しか
その選択を選ぶことはできないものです。
学校に行かない選択をする強さをもった自分を
今なら心から褒めてあげられる。
自分を守るためならば
学校なんて行かなくてもいいよ。
教師になった今だって
私は学校なんて行かなくても
何も困らないと思っています。
そう思ってくれる学校なら
行きたくないなんて、みんな思わないのにね。