学生の頃の先生が亡くなりました。
亡くなったのは少し前のようですが、葬儀はご親族で静かに行われ、あらためてお別れの会をするということで、そのお知らせがあり、それで先生が亡くなったことを知りました。


先生は、今よりももっと何も知らない無知なわたしが、「こんな大人がいるんだ」と初めて思った方でした。

先生は、ご家族の都合で移り住んでいた中国の青島から戦時中に命からがら日本に帰国され、その経験を話ながら、わたしたちに

「人生はゲーム、楽しんで!」

という言葉を贈ってくださりました。

自動車の運転がお好きで、つい最近まで真っ赤なスポーツカーに乗られ、新潟の別荘にお邪魔した際に冬の雪の山道をその車でやってきたのにはかなり驚きました。まあ、動けなくなってレスキューしたんですが笑。

お酒は飲めないけど、たばこが好きで、ちょっとエッチ(でも奥様をすごく大切にされていました。)

「デザインとはこういうものだ!」といって学生のわたしがつくった作品をビューンと伸ばして修正された時は、まさに目から鱗がおちるような気持ちで、驚きというかしびれるような思いがしたことを覚えています。

先生はいつも夢中で遊びも仕事もされていました。仕事は厳しく楽しくされ、出来上がるものは素晴らしかった。背中で仕事への姿勢や、仕事そのものを語る方でした。

学校を卒業してからは、なかなかお会いできていませんでしたが、3年前に先生の88歳の誕生日会でお会いした時に、お礼にと、参加者みんなにくばってくださった直筆の色紙には

「 夢を 」

とかいてあり、これが最後にいただいた言葉です。

普段そんなにお会いしていたわけではないけど、ダメな自分を思う時どこか心の支えにしていました。知らせがあって、悲しいというよりも、寂しくてたまりません。尊敬し大好きだった大人が遠くに行ってしまいました。寂しいです。

学生の頃のように課題を提出するのを先生に待たれているような気持ちがします。先生に見ていただくものは、まだまだ提出できそうにありませんが、胸をはってみていただけるように、がんばります。


高橋先生
遅くなってしまいすみません。やっぱり出来の悪い生徒です。

ありがとうございました。
ご冥福をお祈りしています。