チャネリング千本ノックの頭の中を整理しながら、相変わらず仕事にランニングにの日々です。
世田谷の法務局で仕事の用事を済ませたその帰り、気にしながらもいつも素通りしていた松陰神社の前に差し掛かったところで、、、

松陰
少しよっていかれませんか?

いつか
わたし?

松陰
ええ。


ということで、松陰神社へ寄り道。
大河ドラマのことをふと思い出しながら参道を歩き、お参りをしました。


松陰
君もいろいろあるようだね。

いつか
というほどでもないですよ。大きな苦労を背負っているわけでもないですし。。。

松陰
それでよいでしょう、良い時も悪いときもそれはそれで、意味があり、何かがなされない時は時期でなかったにすぎない。

いつか
あなたから見た今の世界はどうですか?

松陰
わたしが生きた時代は目指すものがあった。試行錯誤はあったにせよ、迷いがなかった。そういう意味では君らのすむこの時代は、何を捨て何を拾っていいかわかりにくいかもしれない。。しかし、なんとおもしろき時代ではないか、、、とも思う。

ただ、どんな時代であれ、どんな情勢であれ、関係ないともいえる。それは、志を持つかどうか?それをなさんとする気概は十分であるのか?。。。そこについては、何も変わりはしない。志を前にすれば、生き死も関係ないのですよ。

いつか
志ですか。

松陰
ただ精神論を語りたいのではないのですが、身体すらもその時代とその時代の志に追随するということです。わたしが生きた時代に合った身体があり、わたしの寿命はあそこまででありました。しかし死もまた生となり、我が死により志は引き継がれた。


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松陰
君はおもしろいところがありますね。

いつか
いいえ、いたって普通ですよ。

松陰
そうでしょう、はた目には誰も何も気づかずにいるでしょう。君も無意識にか?隠している。

いつか
どうでしょう?

松陰
その隠された気概やまじめさは、久坂のようだ。

いつか
わたしは、あんなに気概も気合もありません。。。

松陰
それはいい、、、君は君だ。君の身体により、志を体現すればいい。


松陰
こちらの世界では、君らの住む世界のように、志や思いに重きが置かれない。

いつか
なんとなく逆のイメージがあります。

松陰
志とは常世のものにあらず、現世のもの。。。なかなかに成されぬが故に抱き掲げ続けねばならない。

いつか
なるほど。

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松陰
私たちが目指した列強の国々が、今やこの日の本を目指すことになるとは、、、おもしろいと思いませんか?

いつか
どうでしょうね、、、それにその列強たちは、そのようなこと決して口にはださないでしょうけどね。。

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松陰
やあ、またあいましたな。。

いつか
ふと昨日思ったんですが、あなたはこの世の人生とは戯曲とかおとぎ話とか、、現実といっても一つの物語にすぎないと気づかれていたんではないですか?その中で志ということをおっしゃっていた。

松陰
たしかに人生というひとつの物語をあまりに深刻に捉えるのは、自身が作り上げた化け物を闇雲に恐れると同じではなかろうか?人生のなかで命を演じ命を燃やし生き死んでいくということがまた命である。戯れもまた命といえまいか?

肝心なのは、人生すら捨てることができるということです。そうすれば、拾う事もかなう。深刻であることで、何の糸口を見出すことができようか?

『 Show Me How You Burlesque 』


日曜日、雨上がりの夕空



吉田松陰についてあまりよく知らないのですが、よく尽誠ともいっているようですね。自らの人生や仕事や誰かに誠意を尽くす、とことん愛すということ。。。綺麗で甘いだけではないそのことをわたしにもできるだろうか?いやできたら。。言葉だけでは足りないとも。。。とそんなことを思う朝です。