きみと僕のいる場所
ショートストーリー/フィクション小説
By futaame
オレンジ色の灯火が目の前に広がる。
このイタリアンレストランはパスタが美味しいと評判の店で、メグは何度かノボルと訪れたことが
あった。
ガラス張りの天井からそびえ立つ目の前の東京タワー。その煌めきを眺めながら、ノボルが以前、
メグに尋ねたことをふと、想いだした。
「なぜ、この東京タワーが美しいきらめきを放っているかメグは、知っているかい?」
「わからない……」
しばらくメグは考えて、途方に暮れてそう答えた。
ノボルが笑う。
店の中の静寂を打ち消すような笑い声とともに、
「じゃ、考えてごらん」と言った。
あくる日から、次のデートの約束の日までその答えを考え続けたが、結局わからず、
適当な答えを探り当ててノボルに伝えるつもりだった。
けれど、その答えを告げる間もなく二人は別れた。
「ふたりがこんなに早く別れるなんて信じられない」と、メグの親友のリカが言った。
あんなに仲がよかったじゃないの。とも言った。
リカから聞いて初めてふたりが仲の良い恋人同士だったことに気がついた。
どんなにけんかしてもすぐに仲直りができた。
レストランの注文でけんかしたときも、ワインの銘柄で迷ったときも、表参道の洋服屋でお揃いのシャツを選んだときも、メグは黒を選び、ノボルは白を選んだけれど、結局は妥協して黒のシャツを買って店の外へ出た。
すぐに仲直りができたはずだった。
「これは、ただのけんかではない」
そう、心の中に過った不安が、本当のものとなり、なにごともなかったかのように、赤の他人が道ばたですれ違うかのように、ふたりの心は離れていった。
「じゃあ、どうすればいいの?」
メグが最後の電話でそう言ったとき、ノボルは無言のまま電話を切った。
あれから一年。
今、メグは同じ場所にいる。
前と同じテーブル。料理も同じものを頼んだ。
東京タワーは夜空にオレンジ色の光を絶え間なく放っている。
天井からふと、眼をテーブルの上に映すと、透明なグラスの中のミネラルウオーターにタワーの
美しい光が映っていた。
ノボルに言いそびれた答えがそこにあったような気がした。
鏡に目の前のものを映すと、より良く見える。
自分の心を素直にノボルに伝えることができていた頃は、たぶん
ノボルはメグを見て、美しいと感じたに違いない。心も姿も澄み切った透明なあの頃の自分を
メグは思い返した。
思い返せば返すほど切なくなった。自分らしくない自分を演じて生きているように思えて涙がこぼれた。
メグはしばらくの間、グラスを手元にとって、グラスの底を眺めた。
そのとき、突然、携帯のベルが鳴った。
『ON』にする。
「もしもし……」
電話機の向こうから懐かしい声が聞こえた。遠い昔にもらったキャラメルをなめるような
甘い囁きが聞こえた。
「もしもし」
メグは涙声で、その言葉を伝えた。それが精一杯だった。〈了〉

©2008 futaame
ショートストーリー/フィクション小説
By futaame
オレンジ色の灯火が目の前に広がる。
このイタリアンレストランはパスタが美味しいと評判の店で、メグは何度かノボルと訪れたことが
あった。
ガラス張りの天井からそびえ立つ目の前の東京タワー。その煌めきを眺めながら、ノボルが以前、
メグに尋ねたことをふと、想いだした。
「なぜ、この東京タワーが美しいきらめきを放っているかメグは、知っているかい?」
「わからない……」
しばらくメグは考えて、途方に暮れてそう答えた。
ノボルが笑う。
店の中の静寂を打ち消すような笑い声とともに、
「じゃ、考えてごらん」と言った。
あくる日から、次のデートの約束の日までその答えを考え続けたが、結局わからず、
適当な答えを探り当ててノボルに伝えるつもりだった。
けれど、その答えを告げる間もなく二人は別れた。
「ふたりがこんなに早く別れるなんて信じられない」と、メグの親友のリカが言った。
あんなに仲がよかったじゃないの。とも言った。
リカから聞いて初めてふたりが仲の良い恋人同士だったことに気がついた。
どんなにけんかしてもすぐに仲直りができた。
レストランの注文でけんかしたときも、ワインの銘柄で迷ったときも、表参道の洋服屋でお揃いのシャツを選んだときも、メグは黒を選び、ノボルは白を選んだけれど、結局は妥協して黒のシャツを買って店の外へ出た。
すぐに仲直りができたはずだった。
「これは、ただのけんかではない」
そう、心の中に過った不安が、本当のものとなり、なにごともなかったかのように、赤の他人が道ばたですれ違うかのように、ふたりの心は離れていった。
「じゃあ、どうすればいいの?」
メグが最後の電話でそう言ったとき、ノボルは無言のまま電話を切った。
あれから一年。
今、メグは同じ場所にいる。
前と同じテーブル。料理も同じものを頼んだ。
東京タワーは夜空にオレンジ色の光を絶え間なく放っている。
天井からふと、眼をテーブルの上に映すと、透明なグラスの中のミネラルウオーターにタワーの
美しい光が映っていた。
ノボルに言いそびれた答えがそこにあったような気がした。
鏡に目の前のものを映すと、より良く見える。
自分の心を素直にノボルに伝えることができていた頃は、たぶん
ノボルはメグを見て、美しいと感じたに違いない。心も姿も澄み切った透明なあの頃の自分を
メグは思い返した。
思い返せば返すほど切なくなった。自分らしくない自分を演じて生きているように思えて涙がこぼれた。
メグはしばらくの間、グラスを手元にとって、グラスの底を眺めた。
そのとき、突然、携帯のベルが鳴った。
『ON』にする。
「もしもし……」
電話機の向こうから懐かしい声が聞こえた。遠い昔にもらったキャラメルをなめるような
甘い囁きが聞こえた。
「もしもし」
メグは涙声で、その言葉を伝えた。それが精一杯だった。〈了〉

©2008 futaame




