Yahooブログが無くなり、自身も此方に引っ越したモノの筆を執らなくなり早、5年。
この間、世間はコロナ禍と個人的には高齢となった両親の介護が本格化し、19年ほど連れ添ったサビ猫姉妹も虹の橋を渡りました。
今日久々に筆を執ったのは…。
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かつて紫吹淳様のファンたちが集った
『月の女神さま』
といふHPとBBS と言うものがあったコトをご存知の方々はおいでになるだろうか…。
色々とあってあの場所は永久に消え去ったけれど、そこで出会った方々の一部とは今でも細々と交流が続いている方もおります。
個人が自分の意見を世界中に向けて発信することが容易くなった現在よりかなり制限の多い時代でした。
あの場所の作り手であったNELさんは、その後、ヅカファンを捨て、京都の地に移り住み、いっとき職人さんの様な生業を経て最終的には鉱物に魅力を見出し、オパールの手磨き なる道に進まれていました。
私が連れ添ったサビ猫は彼女が京都で最初に住まわれた土地で、2004年6月、台風が1週間おきに本土上陸した時に地域猫姉妹が雨害を避け様と彼女のお部屋に押し入り、ソコで姉妹二人して相次いで出産した結果でした。
今ほど保護猫の活動も体系化されていなかった時代のこと、彼女はそのHPの個人的な日記の記事を通じ、産まれてきた11匹の猫たちに新たな里親を見付けて上げていました。
そのうちの一人がワタクシ、と言うわけ。
優しい心の持ち主だったサビ猫2人の、私は里親となり、その後も京都付近を訪ね歩く際、彼女のお部屋にお世話になりに行きました。年に一度もお願いはしなかったかも知れませんが、私が行かない時は彼女が年末に鉱物の展示販売会等で都内へ出てきた際、都内にあった私の自宅付近で会って盃を交わす。
そう言う、淡い交流は一昨年末迄は間違いなく続いていました。
そう、その年の初秋(2022/10/02)、サビ猫の長姉 マリコの逝去とその年の暮に都内で忘年会を持ったのが多分最後に会った時だったろう。
この8月のお盆の入の頃、そんな彼女の訃報を彼女の兄上と仰る方からお電話で受け取りました。
最後に会った頃と少し前後して持病に罹患されたコトを知ってはいましたが、きちんと管理すれば即、命に別状となるものではないけれど、少しのことで命が危うくなる危険とは背中合わせの疾患。
確かにこの夏の猛暑は激しすぎました。
お兄様からの突然の告知にそんなコトを思い巡らせながら
″お別れをさせて欲しい″
と申し出てはみたものの、ご親類は皆様遠方の方で既に荼毘に付され身内で告別の儀式は済まされておられるとお聞きし、ご冥福をお祈りする旨お伝えし、電話を切りました。自然と涙がこぼれました。
下のムスメだったまみも、昨年4月の満月の夜、マリコに半年遅れて旅立ち、その事もお伝えしていたのだけれど、去年1年間は自身の退官(教員の身分で大学病院規定で還暦定年)と重なりかなり忙しく会って近況の報告をし合う事が叶わず。
彼女が立派な喫茶室を併設した石磨きのサロンを立ち上げて頑張っていたこともちっとも知らず訪ねていくことも出来ませんでした。
会おうと思った時に会えない理由をあげて足を運ぶことを先延ばしにしていたことを心から悔みました。
このお彼岸は、彼女を偲び、彼女が営んだ光の庭の跡地を一目だけでも見ようと1日、その地に足を運びました。
彼女がサビ猫の姉妹たちを救い出してくれた最初のお部屋、その次に石磨きのサロンを始めた引っ越し先、そして光の庭への旅。


