
「私たちは繁殖している」と「ファザーファッカー」
この二つの作品、面白いです。
内田春菊さんはとてもぶっ飛んでいると言われる人だけれど、とても冷静な人だと思います。
周りを含めた「自分」を分析し、自分を演出出来る人だと思う。一人称だけど、目線が第三者。
ぶっ飛んでる自分を演出して面白がっているフシがあります。
(演出家が役者を見ているかのよう)。
もちろん、全ての作品がエッセイなわけではないし、
エッセイといわれる作品でも当然、脚色や、「意図的な部分取り出し」、創作にも近い部分があるのだけれど、
基本は自分自身の引き出しの中から物語を作る人です。
もちろん、作家はみんなそうだと言われればそうですが、すご~くそれが強く、かつダイレクトに出てきます。
普通は、隠したり、違うことに置き換えたりするものですが・・。
(だからこそ内田春菊さんの作品は、創作漫画でもエッセイだと間違われるのかと思います)。
それを読んだ私は「憧れる」とか「なりたい」というのではなく、読んでいて「興味深い」というのが素直な感想。
で、「私たちは繁殖している」という漫画は彼女が自分の子供(四人)について書いた漫画で、
私はこれが一番面白いと思っています。(4コマが中心)。
子供だけでなく「子育てをしている自分」を外側から分析して、それを面白おかしく描いています。
それと同時に読んで貰いたいのが「ファザーファッカー」という小説です。
何故こういう子育てになったのか?なぜ子供を沢山産みたいと思うのか?
それがよく分かるので、二つセットで販売して貰いたいぐらい。
特に「私たちは繁殖している バトル」では 舅、姑とだんだん折り合いが悪くなるのですが、
何故、彼女がどうしても舅に対し嫌悪感を抱いてしまうのかがよく分かると思います。
私ももちろん、あんな舅は嫌だけど、
お風呂からあがって裸でいた自分の娘に「スタイルいいのは分かったから、早く服着なさい
」と言われても、そこまで嫌悪感は抱かないと思うのです。
だけど、「ファザーファッカー」を読むとよく理解できます。
なるほど~って。それがまた彼女自身も気づいている。
だから私は冷静な人だなぁと思うんですね。
もしかしたら父に犯されている時に、「自分が犯されている」、というよりも、
「父に犯されてる○子を見つめる自分」という第三者になる(自分を殺して飛ぶ感覚?)、
ことが身についたのかな、なんて勝手な想像をしてしまいます。
その理由は神様しか知らないのでしょうが、理由はさておき
自分を外側から見つめる能力は、エッセイを描く作家としては素晴らしい能力につながるのではないでしょうか。
さて「私たちは繁殖している」は最新巻10巻が出てます。
個人的には文庫サイズのほうが読みやすくて好きです。
まだ読んでない方は、まず文庫版「私たちは繁殖している イエロー」をどうぞ。