私はあるサークルで上の役職に就いている。いわゆる管理職だ。
そこの世界では人をまとめて当たり前、連絡仕事ができるとかっこいいとごく普通の感じだ。(社会でもそうだろう)
私はそんなことができない。いつからだろうか、こんなに嫌になって大好きだったこのサークルにいづらくなったのは。自分は何を目指してこの役職に就き、ここまでやってきたのかはわからない。当初はあんなにやる気であったのにいざ始まって、一度躓くとこのていらく。やる気がない。
周りの皆はやる委があるのかはわからないが、自分のやることはしかりやっている。私から見たら不通に見えるものだ。でも私はこの普通ができない。むしりしたくも思わない。月に一度のサークルの方向を決める会議があることさえ億劫だ。そのことを考えただけで生きるのが怖くなるくらい。自分のやることでもしっかりしろといいたいところだが、そうはできない。やる気がないのだ。入りたての頃はやる気に満ち自分のやりたいこと興味があることには前向き。自分の苦手なことでも挑戦した。周りから目立とうともした。これは昔のことだが自分の過去である。
私は参加者はできるらしい。だが管理職。つまり誰か、何かをマネジメントするのは苦手らしい。むしろできない。モチベが続かないのだ。次何やったらいい?何がリスクだ。この先のゴールは考えてるの?スケジュール、実働組んでる?これで行こう!いやちょっと待った、却下。これの繰り返し。こんなことが繰り返されたらそりゃ嫌になりますわ。ほんと。この先どうすればいい?教えてもらいたいわ。どうすればマネジメントできますか。どうすれば忘れずに頑張れますか。嫌なことつらいことため込んで爆発させずにいられますか。困ったことあったら助けてくれるんですか。それは確証があって言ってるんですか。
時々思うんよ、信じることが怖くなる。未来が怖くなる。自分のしたいことがなくなる、そのための時間も無くなる。将来のために生きているんだろ、しっかりその時間もくれよ。お願いだから。誰だってそんなキャパ広くないし、頭周らんし。自分のできること精一杯やったって結果悪かったらそれしか見ないんだろ。過程はどうこうで、その過程をマネジメントできていなかった自分が悪いとされる。そんな統括できな人ポジも大変だった。まとめても動かなかったり、忘れたり、そう今の私みたいに失望からやる気がでずに後回しにしたり。そのセクション員は楽だな。統括がやってっていったものをこなすだけ。って思うけどそんなの統括がメンドイことを押し付けに値する。一緒にやろ感が感じれないところはただの業務だ。社畜の業務と一緒だよ。俺はそんな感じになってしまう。絶対に。だから管理職についても相手のことを思って、ただの業務になってしまうし、相手の時間もとってしまうし、自分はこんなできないやつだしって思うほど時間は流れる。
つまりプロジェクトにとって一番大事な時間を犠牲に自分はこんなことを考えている。自分は滑稽だ。笑われ者かもしれない。
何を目指してきたかは覚えている。自分は前に出たい。人前にでて話す練習をここで身に付けたいと思った。でもそれは2年後に達成してしまう。そう新歓の時に。前へ出まくった。だから前で話すときに変に緊張などしなくなったし、怖くも無くなった。
達成された今、後輩のためをもってやっているが目に見えない環境の中、自分がやってきているjことが達成されているのかわからなくなってきた。周りからは早く情報下ろせだの、一か月過ぎにわかる情報を一か月前に寄越せだの無茶ぶりだ。大体でいい。そのあたり開けさせとくからって言ってたけど、俺がその日指定して後輩に開け避けさせてもし違う日にされたらどうする。その子はバイトづくしで週4くらいはいるのに土日開けさせてその日どちらも違いますってなったら責任誰とルの?おれ?違うだろ。しょうがないで済ますのか。違うんだよ思っていることと現実は。これがリスクってやつだろ。そしてぜってい言うんだよ。「そんなの思わなかった」「考えてもなかった」
そもそも自分たちから要求するんじゃないんだよ。このことは。これじゃ自分たちが飢えているみたいじゃんか。そんなの事業とは言わない。ただの偽善だ。そんなのは。だから他人の言うことなんて気にするな。自分が正しいと思ったやつだけ進めばいい。
そう
自分がやりたいことだけすればいい。
俺の場合、それが世間一般でいう偽善なんだけどね
他人が喜ぶ姿が見れればそれでいい。それが偽りでもな。俺はそんな感じでやってきた。事業に興味があったのは事実だし、活性化なんてできると思ったやつにしか行かなかった。現に10年もかかわり続けていまだに活性化できていない事業もあるわけだし。
でもさ本当の善ってなんだよ。自分から進んでやっていき、見返りは求めず、ただ他人のため、目の前にいる人のために行うんだろ。事業終わってはい今年の事業終わりー。の世界ではないだろ。みんなそんな感じだし、自分もそうだ。だから偽善って呼ばれるんだ。地方財政がヤバい?行政がやばい?だから俺らがやらなきゃいけない?そんな事業のバーゲンセールしてるから適当になるんだ。行政とかに利用されるんだ。向こうも「あー助かった」とか思うだろうが、終わったら残るのは私たちがした業績だけ。つまりお手伝いしたってこと。最近では大きい教室の片付けの時に机戻しや椅子の並び替えのときやっと終わった時に自分がまだここも終わってないから来てっていったとき、一瞬だが顔が引きつったように見えた。つまり人間っていうのはそんなもんだ。善が存在するのなら教えてもらいたい。
