父の歩行がおかしいのは還暦より前のことで、尿失禁は30年前からだったと母が言っていた。

去年、失禁がひどく洗濯が大変でリハビリパンツにした。

自宅から徒歩100歩、目の前にある二本木クリニックに母が相談に行くと安城更生の神経内科を紹介してくれた。

あたしの勤務先の神経内科医に相談したら「水頭症」が考えられると意見が一致した。

2018年8月安城更生でMRIを撮り脳の髄液が多いので「水頭症」と診断された。10月に1日入院して試験的に髄液を30mL抜いた(タップテスト)。

抜く前に認知症のテスト(長谷川式)と歩行テスト。どちらもOK。水頭症は尿失禁、認知症、歩行困難が主な症状だが父は尿失禁のみだった。

髄液を抜いた後、MRI検査。病室に帰って来てから嘔吐。その時はベッドで搬送されてあちこち回って乗り物酔いかと思っていた。血圧が200を超えて熱発。ニトロかニカルジピンで降圧。

翌日予定通り退院。退院の前に歩行テストを行ったが特に変わりなし。

 

2019年1月11日の神経内科の退院後の受診で水頭症治療は変わりがないということで終了となった。

 

2019年1月7日、帰宅途中の電車内で母からコール。

父が夕食の途中で椅子から滑り落ちそのまま動けなくなった。二本木クリニックに知らせに行くと救急車を呼べと言われたがどうやって呼んだらいいのかわからない。

もうすぐ帰るからそのままにしといて、と言って急いで帰る。

父の意識レベルは良好、上半身は可動、下半身に力が入らない様子。毛布を使って敷いたお布団まで運び寝かせて失禁していたのでリハパンを替える。

しばらくすると嘔吐。食物残渣が出ていた。布団まで引きずったのがえらくて吐いたのではないかと思った。

救急車を呼ぼうかどうしようか迷った。本人は嫌だというし夜間救急になると専門医に見てもらえないので朝まで待とうかと思ったが、母の友人が救急車を呼んだ方がいいと言うので8時ごろ119をダイアル。

ほどなく救急隊が到着しバイタルを測定。spO2 98%、KT37.8℃、BP180/90、神経症状なし、左目の瞳孔がやや散大。安城更生を希望したが2回聞いてもらったけれど規制がかかっていて八千代病院に搬送された(刈谷総合も規制がかかっていた)。救急車に乗ってからも嘔吐。

搬送先がなかなか決まらず救急車の前で待っていると、近所の方が出てみえて「どうされたの?車出しましょうか?」と言って下さる。ありがとうございます。

 

八千代病院救外で熱があったためインフルエンザ検査、血液検査、尿検査、腰までのCT検査をしたがCRPが3.0で炎症反応が高かった以外は異常はなく、動けるようになったので11時に診察終了。タクシーで帰宅したのが11時半。

 

翌朝、1月8日熱があったので八千代でもらったカロナール200mgを2錠飲む。朝方、トイレに行ったと言っていたので動けるかと思ったら動けなくなっていた。

時間が経つと動けるようになったので食事をしてもう一度インフルエンザの検査をしてもらいに二本木クリニックへ。

熱の原因は不明。神経症状は見られないし風邪症状も見られない。足のむくみを上申したがスルー。

その後、あたしは市役所に行って介護保険の申請をする。申請日からサービスは受けられるのであんのんかんに相談してみて、と言われた。主治医の意見書は明後日には二本木クリニックに送られる。調査員の訪問は1月16日にした。ただし、認定されるのにひと月かかる。こんなに簡単に事が運ぶならもっと早く申請しておけばよかったと後悔。

そして、昨日夜間でかかった八千代に清算に行き、帰宅してからあんのんかんに電話。明日、9日に包括支援の人が訪問してくれると。

その夜また動けなくなっていたのでリハビリパンツはやめておむつをあてる。

 

1月9日、熱は下がらずロキソプロフェンを飲ませる。熱が下がると楽になるようで動けるようになる。包括の人がくるが、調査員が来てから受けられるサービスが決まるので今はまだ何もできない、という話だったらしい。担当者は決まった。

 

10日はロキソプロフェンが効いているからか解熱して調子が良かったらしく車で公民館に出かけたらしい。母は帰ってくるまで心配だったと言っていた。

木曜日は神経内科の先生が来るので相談してみた。

熱発で動けなくなるのは普通にある。熱発の原因が何か、自分ならプロカルシトニン(PCT)を測る、とアドバイスしてくださる。細菌性かウィスル性かを判断する指標。熱で動けないことがわかった。ただし、熱の原因がわからない。それをどこに相談していいかもわからない。セカンドオピニオンを求めるにも総合病院は紹介状がないと受診できないし、動けない状態ではやはり救急車を使うしかない。

 

11日、老人会に出かけてまた椅子から滑り落ちて動けなくなった。熱も上がっていた。

 

12日、連休になるので熱が下がらないと先生宛の手紙を持たせて二本木クリニックに行かせる。まだ、この日は動けていた。喉は赤くないし熱の原因はわからない、血液検査のため採血してレボフロキサシン錠500mgを処方された。マグミットを朝飲んでいるので夕食後にレボフロキサシンを飲む。熱が下がらないのでロキソプロフェンを朝夕で飲む。

 

13日、下痢をしてトイレだけでなく、父が汚れた手であちこちさわり、便がそこら中につき掃除が大変だったらしい。体を洗うためシャワーしたらお風呂場も詰まってしまったと。この時の便が黒色だったのを後で聞いて知る。

 

14日もまだ熱がありレボフロキサシンが効いていない様子だった。

 

15日、8日に予約していた歯医者に歩いて行った。時間はかかったが帰ってきたらしい。その夜、熱が上がる。足の浮腫がひどくなっていることに気付く。

 

16日未明4時ごろ、母が父のうめき声で起きる。それまで、7日に来た救急隊にも「えらい」と言わなかったのに「えらい」と言ったらしい。5時半、父の様子を見ると顔までパンパン、全身浮腫、ぷーぷー呼吸で喘鳴。明らかに心不全。意識は良好。リハパンをおむつに変えて着替えさせ、ここでまた救急車をいつ呼ぼうか考える。まだ朝早いので近所迷惑だし安城更生はまだ規制がかかっているかもしれない。父は新聞を読もうとするのか広げていてもうちょっと待てそうと思い、自分が出かける支度をして洗濯をして干して、要るものを準備。保険証、診察券、お薬手帳、タオルや父の着替えのパジャマ、靴など。自分も着替えて整ってから7時過ぎに119番、2回目。

3人のうち2人が前回と同じ人だったので話が早い。

バイタル測定でspO2が82%だったのでO2を流す。血圧も体温も高い。それでも救急隊にどこがえらい?と聞かれてもえらいと言わない。今回は安城更生受け入れOKで7時30分ころ救急車出発。このとき、隣の奥さんが出てきて「おじいちゃん?」と心配していただいた。お騒がせしてすみません。

ちょうど通勤時間帯で道路が混み混み。反対車線を走ったりして安城更生に到着。

安城更生の救外はベッドが10くらいあって広い。8時ころが勤務交代なのか待合にいるとスタッフが大勢通っていく。

30分くらいしてから中に呼ばれてニトロを舌下にプッシュして、今はニトロとニカルジピンを静注していると説明があり、既往症、飲んでいる薬を聞かれた。尿が想像以上の1L出た。これからバルンを入れるから外で待っていてと言われてまた30分くらい待ち、再び呼ばれて循環器内科のドクターからムンテラ。最初のドクターと違う人だった。「心不全で入院加療が必要ですが満床のために転院します。八千代病院は満床で断られましたが安城市の方ですか?」と聞かれたので刈谷総合を希望する。しかし、カーテンの向こうで「刈総ダメだ」「西尾市民に聞いてみろ」と言っているのが聞こえてきた。え?西尾?

そしてドクターが再び登場して「西尾市民に行ってもらいます」と選択肢はなかった。

意識がクリアだったし原因がわかったので重症度がそれほどでもないと判断されたのかしら?

ところで、ハルンバッグが赤かったので血尿かと聞いたら、バルン挿入時に傷がついて尿管から出血している、抗血栓薬を飲んでいるのでなかなか止まらない、と説明があった。

紹介状を書いてもらい、支払いが済んだら救急車を呼びます、と言われて最近何度も通っている受付2番に行って清算手続きをして3番で支払いを待ち、5640円を払って救外に戻り救急車を待った。ドクターが乗るのであと一人しか乗れないというので母はいったん帰宅。

救急車3回目。なぜか刈谷の救急車だった。同乗してくださったドクターは、またまた別の人で3人目。まだ20代じゃないかな?と思われる若い人だった。救急隊との話で心拡大、腎拡大、と聞こえてきたのでどういうことか聞いてみた。心臓・腎臓が拡大しているとしか今は判断ができない。熱の原因は腎盂腎炎なのか肺炎なのかもまだわからない。おそらく尿閉で腎臓が炎症して感染症になり熱が出て、血圧が上がって心不全になった、という順番ではないか、と言われた。

 

西尾市民の救外でしばらく待合室にいてから先生がCTを見ながらムンテラ。

 

前立腺肥大による尿閉で膀胱だけでなく腎臓がかなり拡大するほど尿がたまりにたまっていて、腎機能が低下し血圧が上がり心不全になった。胸部の画像からは肺炎ではなく胸水が溜まっていると判断していいでしょう。感染症は腎臓にたまった尿が原因。尿は出ていたと上申すると、それは膀胱からあふれた尿で本人の意志と関係なく出てしまっていてそんなにたくさんではなかったはず、と言われてなるほど、と納得してしまった。父は動作が遅いので間に合わないのかと思っていたら無意識に出ていたのだった。それを聞いても話さないからわからなかった。

前立腺肥大を泌尿器科医と相談しながら治療していくこと。薬が効いてバルンが抜ければいいが、また尿閉になって心不全になるリスクを考えるとバルンは抜かない方が良いかもしれない。

今は安城更生で入れてきたニトロとニカルジピンがよく効いているのでそのまま続ける。

利尿剤は使わないのか?と質問すると、腎臓に悪影響を及ぼすので自然に尿が出ればいいと。その通りなのだ。

 

そして病室に上がるまで待合にいたのだが、その間、部屋がある、ない、なければ救急車止める、と声が聞こえてきた。え?受け入れてくれるっていううから転院してきたんですけど。父の病室はありました。ナースステーションの前の個室。大部屋の方が良かったというとここしかありません、と迎えに来たナースに言われた。部屋の入り口に「重病者のために部屋を変わっていただく場合があります」と貼り紙があった。いつでも変わります。

 

しかし、西尾市民なんて遠くに来ちゃったなぁ、でも受け入れてくれてよかった。

 

以上、西尾市民病院に入院するまで。

 

翌々日、また事件が起こる。