【怪しいおやぢ】です。

 今回は、『おまんが飴』

 『近世商売尽狂歌合』(石塚豊芥子)から


 おまんがあめ。

 もとは屋根職人で、当時は四谷鮫ヶ淵に住んでいたという。

 当時はやった物の中では随一である。

 その音声(売り声)、嫌みったらしい身振りはほかに例がない。

 芸人、素人、子どもに至るまで、これをまねる者が多かった。


 また、天保十年(1839年)の中村座の春狂言で、名題『岩井歌曽我対面《いわいうたそがのかおみせ》』の第二番目大切所作事の江戸名所見立八景の中で、おまんが飴の身振りを披露し、この所作が大受けし、翫雀が飴売りに扮して大評判となった。

 浄瑠璃の名題は、『花翫暦色八景《はなごよみいろのはっけ》』

 …………。


 この飴売りは、文化年(1804~1818)から始まったもので、女装して女の声色で飴を売っていた。

「おまんが飴じゃに一丁が四文」

 などと声をかけ、常磐津節を歌っていたそうである。

 不思議草紙~【怪しいおやぢ】の江戸奇譚+α-おまんが飴
 画像の後ろから四行に「おまんがあめじゃに一丁四もんじゃ」と読める。

 あとは、二行目の「神田からかよふ」

 あとは不勉強で読めない……^^;


 さて、

 翫雀は四代目中村歌右衛門。

 天保7年(1836年)1月に四代目中村歌右衛門を襲名している。

 見所は、男役である歌右衛門が女装した飴売りを演じると言うことだったろう。

 不思議草紙~【怪しいおやぢ】の江戸奇譚+α-歌右衛門


 よく考えると、『近世商売尽狂歌合』に描かれているのは、菓子の話ではなく菓子を売る商売人の話で、菓子事情とは少々異なるが、これもまた菓子事情の一面と言うことで……。

 そもそも、『近世商売尽狂歌合』は、豊介子が、馬琴の『二十三番狂歌合』を知人から貰い、そのうちの十二番を選んで補足したもの。


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