スポンジみたいに、
痛みに慣れている人達を見ていると、
もう…自分を直面視することを諦めて長いように思う。
表面的角質層が厚く、その概念が間違っていようといまいと、
とにかく 平穏 な気持ち 状態を求めたいのだろう。
切り崩すような出来事を自ずと潜在し危機では求めるだろうし、
そして、結果、
悶々と漠然と苦しんでゆく事態は
言い換えれば、
常に曇った空が続くみたいな。
理由があるのだろうが、
潜在意識は というか人はすべてが進化を望んでいる
植物が伸びようとする姿と同じ
伸びる力が自然の摂理ゆえ、
進化を 強情な岩のごとき板=概念で蓋をすれば、その痛み苦しさは
生きながらの死にも値する苦しさであったり、
たまに隙間から入る光に喜ぶ程度に過ぎない。
環境が全て 自らの創り出した世界であると 真から理解し受け入れるとは、
そこでありのままであるということだ。
概念の中に埋まっていることに気づくには、自分に素直になるしかない。
とことん素直= 芯の自分が歓喜し根底から充電され自分自身となったとき、
潜在意識に力が蓄えられ
その厚き岩盤のような概念に気づくはずだ。知ると同時に崩壊する
それまで持っていた環境を
自ら自身が引き寄せていたことに。
そしてフラットな、
真の自分がいちばん喜ぶ真の環境が少しずつ創造されてゆく様を、
至福の思いで眺めることになるに違いない。
それには常に、心の様を 自らに監視し続けることが至福へのいちばんの近道であると、知ることだ。

