それは貴方が今ここで言うべきものではない。
今私たちがそれについて、話し合って決めているのだから自分の仕事ではないことに首を突っ込むな。
と、いってしまいそうで、首まで気持ちが上がってきたけど、飲み込んだ。
50代、若しくは60代くらいのビルの設備作業をしている人がいるのだが、
自分が【有識者】と思われたいという思いがあるのか、すぐに自分が仕事を頼まれると口を挟んでくる。…人間だ。というのが、最近わかった。
どうしてこう、50代、60代〜は物分かりが遅いんだろうか。
と、年下のぽこぱんつは思うのだが、それも口に出すとめんどくさいので言わないが、それを老害として扱うのは違うと思っている。
この人は別にZ世代が直ぐに口に出してすぐに物事をひとことで片付けようとする「やばい」や「老害」な人ではないのだ。
仕事はできる。
けれども、それも自分の立場的に認められたい後ろめたさがある、心の翳りの心理がそうさせているのだと思う。
実は、もう1人、この設備作業はベテランの人がいて、その人はビルのことに超絶詳しいのである。
だから色んな人から『認められている』のだ。
しかし、50〜60代の人はまだまだ日が浅い。
しかし3年くらいは経っているのだが、経験がベテランの人より浅いので、勝手に自分がそう思い込んでいるのだけだと思う。
ぽこぱんつはそんな人たちを会社を通して扱っている為、よくビルのことに『お願い』をする。
そして、指示をする立場でもあるのだ。
…正直言って、やりにくい。だがこれも経験していくしかない。
だが、それが「会社」なので仕事として割り切っていて、給料も貰っている。
勿論、その2人も自分たちが所属する会社にお給料を貰っている。
だから、全て『仕事』なのだ。
『…なので、少し黙ってくれないか?』
…とまで、頭に言葉が浮かんだ。
しかし、言葉にはしなかった。
それも、仕事だから。
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若い子達の会社の悩みで
自分の陰口をよく叩かれる。どうしたらいいか?
という相談事をよく見るのだが。
会社というものは、別に陰口からお給料が発生しているわけではない。
会社にどうして行くのか?
問題は、そこにある。
自分は会社に何をしに行っているのか?だ。
そこがしっかり軸を立てなければこの問題は永遠に続くのである。
他人が、優しい言葉をかけたところで、自分の考えを改めたり、見直したり、気づいたりしなければこういう問題は解決しない。
自分がどうしたいのか?がキーワードである。
会社にはいろいろな人間がいるものだ。
学校にもいたんじゃないのか?学校で女はグループを作るもので、男もそう言う感じだと思う。
けれど、気のあったグループであるから、陰口は叩かれたりはしないだろう。
グループ同士のいざこざはあっても、自分の気のあった相手は自分を傷つけたりはしない。…と思っているからだ。
けれど、そんな場所から卒業して社会に出ると、全く違うタイプの人間に出くわすのだ。
サトシがマサラタウンから出てピカチュウ以外の野生のポケモンに出会う感じ。
新種のポケモンやジムリーダーと対戦に意気込み、『さよなら、バイバイ。マサラタウン』するのだ。
社会となんら、変わらん。
新種の人間がゴロゴロいる。
それで、合わない相手もいる。確実にな。
連れているピカチュウは土に弱いけど、亜種のディグダもいるはずである。
ぴかぁー…![]()
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と落ち込むピカチュウを絶対サトシは諦めたりしないのがサトシの凄さである。
『頑張ったな!ピカチュウ!』
『まずは落ち着いて相手の弱点を探そう!電光石火だ!』
その声にピカチュウはやる気を取り戻し、亜種ディグダをなんとか倒すのである。
…と、サトシにはピカチュウを鼓舞する強さがあり、自分をも奮い立たせる芯があるのだ。
子供向けアニメなのに、よく考えさせられる。
サトシもピカチュウも実に自分に素直なのだ。
で、自分がどうしたいか?という話に戻る。
サトシもピカチュウも強くなる!という目的の為に動いているので、
2人のやる気が絆に繋がり、強い意志、壁に立ち向かっていく団結力がある。
あの話は、最終的に絆って、友情って良いものだよ。という話になっている。
会社には自分が何の目的で行っているのか?
行っていて、楽しいか?
それとも自分の趣味があるから、「仕事」だと割り切って会社に行くのか?
昔のぽこぱんつは、経済が不安だった。
自分の仕事に自信がなかった。
やりたくない仕事をずっとやっていた。
しかし、ある時期に転機があり、現在はやりたい仕事に就いた。給料も3倍になり、毎日が楽しい。
前述の愚痴はたまにはあるが、それも仕事なのだから愚痴は出るものである。
新種の自分の領域では『解せぬ』人間を相手にするのだから、愚痴ぐらいは出るのだ。
けれど、辛い事もあるが、基本的にはこの仕事に、やりがいを感じている。
仕事が安定したら、持病も安定してきて、ストレスも以前よりは少なくなり、心の余裕が出来たことが一番の安定剤だった。
多趣味である生活も充実している。
それで、いろいろ自分を内観する時間ができた頃からわかってきたが、
ぽこぱんつが考える『仕事』とは、
『解せぬ』相手とは事務的に対処することで、
そこに感情は決して見せてはならないものである。
挨拶やお礼、人間の道徳を学校で学んだと思うが、基本的なルールは前面により出していく。
どんな相手でもそれは変えてはいけないのであり、
そこを自分に卑下し、解せぬ相手に挨拶をしないでいると人間的に落ちるものである。
この世界とは、そういうふうに、できているのだ。
そう、考えるしかない。
これは自然の摂理だと思えばいい。
どう考えても、自分じゃどうにもできない事なんて多々ある。だから、敢えてそこは考えない。
そうしたらフリーダムになる。心が解放される。
『基本的な社会のルールを前面により出していく』というのは、やって良いことは、主張していく。という事である。
例えば、挨拶やお礼をしっかりする。
仕事のできる人は、付箋やメールなどを使って相手の気持ちを浮上させ、後の仕事のフットワークを軽くさせていくらしい。
付箋は手書きであるから、ホッコリさせる人間の心理も活用しているのである。
社会は、そういう頭のいい人たちが沢山いて、
真似することも盗むことも出来る。
それが出来るのは、もっとも頭がいい人だと思う。
「仕事」が出来るのなら、例え周りに陰口を叩かれようが屁でもない。
だって、仕事ができるのなら、自分に自信がついて、それが給料に繋がっていくのだから。
繋がらないのであれば、転職という手もあるし、考え方ひとつ、見方ひとつ、変えれば、まったくの八方塞がりではない。
見ている人は絶対にいる、ということだ。![]()
挨拶にしろ、お礼にしろ、陰口にしろ、
相手にやられたことは必ず人は覚えているものなのだから。![]()
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