空き巣の被害が増えてるらしい。

巣籠もりしてる人が多いのに、何故空き巣?

良くわかんないけど、なんかしら真っ当な理由とか筋の通ったロジックとかがあるんだろう。

取り敢えず、簡単に出来て、効果抜群な空き巣防止策を考えてみた。

《空き巣大歓迎》って、貼るのはどうだ?
人間の心理として、かえって入りにくくないか?
或いは、《空き巣の方へ、虎罠仕掛け済み》とか貼るのは?
「虎罠かぁ~、止めとくか」
って、絶対なる気がする。
(なるかぁ~)

高校生の頃、バイクに暴走族のステッカーを貼るとイタズラされないって言われてたな。
(注:対抗するグループにボコボコに破壊される恐れあり)

倣って反社会的組織のステッカー貼るか?
むしろ自分が住めなくなるか。
それに、これも対抗する組織にボコボコにされる危険あるな。

あっ、逆転の発想で《県警本部長宅》って、ステッカーを特注するのは?
(杉並区だが)
まさか、そんなステッカー特注する奴がいるとは誰も思わないだろ。
(注:多分、ステッカー作るだけで、犯罪になるかも)

《熊出没注意❗》とか《マムシ危険‼️》なんてのも案外シュールに効きそう🎵

ピッキングで扉を開けた目線の壁に《事故物件・呪いあり》って貼るのは?
効果はともかく、空き巣が一瞬ギョっとする顔を見てみたい😉

で、もしそのあと《入るか入らないか》立ち竦んで逡巡してくれたら最高だ🎵
褒美に好きなもの持ってけ‼️

ちょっとしたイイモノ(ゴローズのシルバーアクセとか)を隠した場所を書いた宝探し地図みたいなのを、さりげなく空き巣が見付けやすいように置いとくとか?

当然空き巣は、それを頼りに宝探しをするだろう。
宝の地図を入手して、宝探ししない奴なんて、この世界に居ないからな。

いくつかクリアして、調子付かせて、ラストに《徳川埋蔵金秘密地図》を見付けさせれば、そっちに流れて行くよな、フツウ🎵

《ここには何も有りません。貴重品はすべて5丁目の井上さんちに預けてます》
って、何気なく伝言風に書いとくとか。
当たり前の考える力が有れば、井上さんち行くよね。

う~ん、どうも発想が一元的だな。
誰かパキッとしたアイディア教えてください。









《フェイク・・・音》

AM6時起床。雨が不安を掻きむしる様な激しい音を立てている。

昨夜マスクが届いたので、今日は、先日募集したマスク希望の介護施設などの方に梱包をして全国に発送する予定だが、この雨で宅配の集荷の時に荷物が濡れるのが心配だ。

 
それにしても酷い雨だ、今まで聴いたことが無い音・・・雨どいから雨が激しく弾き出されるような音も何処からか聴こえる。
玄関の外かな?

天気予報をチェックすると、午後の3時には雨が止むらしい。宅配の集荷の時間は、その頃にしてもらおう。

思いのほか荷造りに時間が掛かった。
仕度が整ったのは15時を少し回った頃だった。
窓の外を見ると、日が射している。
最近の天気予報は、なかなかに正確だ。

良かった、これで荷物が濡れない。

あれ?雨は上がったのに、まだ雨どいから弾き出さるような水音が聴こえる。
すごい雨だったんだな。 

30分たった。
まだ聴こえる。
何か変だな。

まさか!
洗面所の扉を開けた。
音が大きくなった。
浴室のデッキを開いた。
音がさらに大きくなった。

目の前にカランから流れ落ちる2段滝のような
光景が見えた。

いつからだ?
記憶をたどってみた。
・・・・AM6時10分、シャワー。
すでに9時間・・・・。

「いつかこの借りは返す❗」

カランに向かって僕は中指を立てた。



20数年前から2年ほど前まで、僕は極度の買い物依存性だった。

いろんな買い物に依存した。
時計、ボタンシャツ、Tシャツ、靴、銀のアクセサリー、本等々。

時計は某ブランド時計を30数本、ボタンシャツは、ポールスミス系列を約300枚、TシャツはPPFMを中心に500枚以上、靴、アクセサリーは山の如く、本は毎年120万円分くらい買っていた。(本は今でも100万円位は買っているかも)

いずれにしろ時計は、30数本も必要無い。
腕は二本だ。例え、両腕に二本ずつはめても4本あればいい。

シャツ類だって、20枚ずつもあればかなりの衣装持ちだろう。

なんで買い物に依存してたのかと言うと、まあ良くある家庭問題のゴタゴタから来るストレスだ。

あの頃は朝起きた瞬間からストレスで、胸が締め付けられ、そこから少しでも遠ざかりたくて
仕事の無い日は、毎日行きつけの服屋の開店時刻に行って、無理矢理にまだ買って無い服をムリクリ探して買っていた。

もう自宅のウォークインクロゼットに服が溢れていて、自分でも欲しいんだか欲しく無いんだか良くわからなくなっていたが、止められなかった。 

専属の店員がいて、彼女は僕の体型、寸法、今まで買った服のサイズや色など全て記憶してくれていて、僕の所有する服に関して僕より詳しかった。

今、振り返ると、服屋でお得意様扱いされている時だけ、やり場の無い無寥が慰められていたのだと思う。

その店が開ける程の服の中で、特にTシャツが500枚と多かった。
その殆どが白地にイラストやロゴやフォトがあしらわれたプリントTシャツ。

ご存知のように、白いTシャツはすぐに襟が汚れる。下手すると1度で着れなくなる事さえもある。
悲しい。

いろんな洗剤や襟汚れ用のクリーナーも試した。手仕事で染み抜きをしてくれる職人洗濯屋に50枚くらいまとめて頼んだ事もある。

しかし、満足した事は一度も無かった。
仕方ない、白いTシャツしか着ない自分が悪い。
白いTシャツは消耗品だ。

そう思って諦めていたのだが、先週ついにある洗剤に出会ったのだ。

それは《独り暮らしの男性の三種の神器》という記事で、神器のひとつだった。その洗剤は、どんな襟汚れもたちどころに落とすという触れ込みで、理論は人の汚れは酸性なので、強力なアルカリ洗剤なら落ちるということだった。

早速、Amazonで購入して、白いスウェットを10枚ほど洗ってみた。
今まで散々洗剤には肩透かしを食らってきたから、期待はしなかったのだが、結果は驚嘆すべきものだった。

落ちた。襟が汚れ・・・。
実に20数年かけての邂逅の瞬間だった。

人生の悩みがひとつ消えた。

僕は今は買い物アディクションからは脱して、比較的穏やかな日常を紡いでいる。

Tシャツだって、いまでは50枚くらいしかない。(まだ結構あるな)

これから夏に向けて、少しずつそれらを洗おう。
きっと全ての襟汚れが落ちた時、僕は過去の痛みを少し忘れられる気がする。

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今日、世界が変わった。


生まれて初めて肉じゃがを作ったのだ。


僕は料理の中で肉じゃがが一番好きだ。
その肉じゃがを、遂に自分で作れるようになったのだ。



実は先日、圧力鍋を買った。
正確には買ってもらった。



今までも、焼そばとかチャーハン位なら、自分で作れたが、圧力鍋が有れば、実に簡単にいろんな料理が作れる。



先日は、モツの煮込みを作った。
肉じゃがにしろモツの煮込みにしろ、人参が実に柔らかで味が染み込んで滋味深い。



スーパーの惣菜売り場でも、肉じゃがなど売っているが、高いし味もイマイチ。
化調臭い味がするし、添加物もヤマモリ入ってそうだ。
それに何だか侘しい。




圧力鍋のおかげで、新しい力を手に入れた気になる。
鍋ひとつでこんなに人生が豊かになるなんて。




次はビーフシチューを作ってみよう。
圧力鍋で、ご飯も美味しく炊けるらしい。



嗚呼、素晴らしき我が人生🎵
先日のスーパームーンの夜に近所の休校になった小学校のプールに、忍び込んで泳いだ。




水は真冬の冷たさで、青み泥が身体に纏わりついて気持ち悪かった。




早く済ませたいので、クロールで25メートルを渡り切りたかったが、音を立てて誰かに気付かれても面倒な事になると思い、そろっ~と平泳ぎで水に顔をつけずに進んだ。




水面には、履き古した上履きや割れた青いポリバケツやモップの得などが、月光に照らされながら浮かび、僕の立てたさざ波に揺れていた。



その浮遊物たちは、僕の目には、この神事を司るための道具に見えた。


僕は昼間夢を見たんだ。
夢の中で神様は僕に言った。
「今夜の満月の晩に、湖を泳いで渡りながら、カタカムナを唱えよ。さすれば、今この世界を覆い尽くす災いは、たちどころに消えて、光明が射し始めるだろう」って。




湖は流石に無理がある。
僕はトライアスロンが趣味な訳じゃないし。
プールで間に合わせた。




カタカムナの祝詞を呟きながら、泳ぎ進んだ。



冷たさが骨にまで達した頃、ようやく25メートルを渡り切った。
水は僕が撹拌したせいか、さっきより生臭い臭いが鼻をついた。




その時、ギギーと音がした。
プールの入り口の金網戸が開く音だ。
コンクリートを静かに打つ足音も聴こえる。




僕はカーツ大佐の如く、水面から目だけ出して、水中に潜んだ。
水面がさざめくので、震える事さえ出来ずに、
頭には、モップの残骸を乗せた。





足音は近付いてくる。
僕は月を見上げ、祈った。
月は赤く大きく凹凸さえも見えるようだった。




足音は、僕の潜んでる辺りで止まった。
僕は目を固く閉じ、唇を強くむすんだ。




その時、声が聞こえた。
「ご苦労、成就だ。あがっていいよ」









二日間部屋から出なかったが、
特にストレスは感じなかった。

もしかしたら一週間くらいは部屋から出なくても全然平気な気がしたが、そのまま引き籠るのも少し怖い気がしたし、運動不足の懸念もあるので、昨日の夜は夕飯を取りにいつも行く吉祥寺の定食屋(菘)に自転車で行ってみたら、やっていなかった。
 

えっ、動揺した。えっ~。どうしよう。ずっと休みかな? 

他の飲食店のあても無かったけど、一昨日と昨日はどちらもフルムーンみたいなので、そのままぶらりと吉祥寺の街を月の光を浴びて走ることにした。
 

駅前、パルコ前、ロンロンガードに、丸井前からオルガン階段、井之頭公園、月はどこからでも僕を照らして夜は温かくてどこにも冷徹なほどに人が居なかった。 

吉祥寺の街を根城にして30年以上たつが、見たことの無い光景だ。終末という言葉が、右脳を掠めた。
 

何かが確実に変わって、違うフェーズに入ったのは間違いが無い。
 

公園の池の畔に佇むと、水面に月が写っていた。
風が漣を立てて、月を揺らした。
散り残っていた桜から落ちてきた花弁が、月と一緒に揺れている。
春の夜の匂いがした。
 

パルコ前に戻って、ハモニカ横丁のポヨの店で、ローストチキンを買って帰ることにした。
中国人の女の子の店番が、「これはサービスね」と、はにかんで言って、飴色の玉葱を袋に入れてくれた。
そんな小さな親切でも、今は深く沁みる。 

三鷹台に戻って、《兵隊森》に行ってみた。きっと月がきれいに見えそうな気がしたから。
 

森と名がつくが、木など殆ど生えていなくてただの空き地だ。
戦時中、その場所には、民間の研究所があった。空襲で焼け出された近在の住民がそこに避難している時に、そこにも爆弾が墜とされて一瞬で火の海になったらしい。 

その時、通りかかった警邏中の軍人が、燃え盛る建物に飛び込み、子供とその母親を助けたが、その兵隊は酷い熱傷を負って亡くなったと言われている。 

 

今でも、たまに、その兵隊が空き地の空に浮かぶ、月を見ている姿が目撃されている。
 

どうだろう、今夜は出会えるかな。
















《コロナの無い街へ》   

昨日は、仕事で遠い北の街に行った。その街は、コロナに罹患した人は一人も居なくて、マスクを着用している人すら見る事はない。
もしかしたら、この街の人々の殆どは、コロナと言うウィルスの存在すら知らないかも知れない。
 

この街の事は、僕は昔から良く知っていて、山の位置さえ見定めれば、地図なしで、どの路地でも迷わず歩くことが出来た。
 

山は、街のどこからでも見ることが出来て、この町の全ての人は生まれた朝から山を見て、この街に住み続ける限り、死ぬまで山を見ない日は無い。 

周りの山から下りてくる空気は、冷んやりと透明で、ほんの少し湿り気を帯びて街の底に溜まり、この街に独特の静謐を齎す。 

早々に仕事を終えて、街を見下ろす高台の公園に行ってみた。 

この公園は、僕が10代の頃から幾度も訪れたことのある場所で、ここに来て山と向かい合い澄んだ空気を肺一杯に吸い込めば、細胞は蘇り精神を確実にリセットできる場所だ。 

公園の桜は5分咲きだが、春の日差しに温められて、今にも一勢に花開きそうな気配だ。 

桜の下には、花見のグループが散見される。
下品な酒宴とは無縁の、静かなピクニックランチのような集まり。
見ているだけで気持ちが安らぐ。 

こんな何でも無い光景が、こんなにも掛けがえ無く感じる事が悲しかった。 

《もしかしたら僕だって罹患しているかも知れない。いまこの瞬間、この街に僕が存在している事自体が赦されざる事なのかも》
そう思ったら、堪らなく悲しかった。 

買い物もせず、飲食店にも入らずに、高速に乗って、SAにも立ち寄らずにウィルスの影に怯える街に帰った。







NHKで、異世界ホテル旅《変わったホテルにあえて行ってみた》って番組を見た。

三人の俳優さんが、それぞれ、スェーデン、ケニア、オーストラリアのワイルドなホテルに宿泊体験する旅番組だ。

スペシャル編だったから、恐らく1年以上前に収録・放送したプログラムの再編何だと思う。

見ていて思った。「ああ、この頃は、こんなに自由に世界中どこでも行けたんだなぁ」って。
ほんの少し前の事なのに。

スェーデンの炭焼きの小屋ホテルでも、ケニアの星空ホテルでも、オーストラリアの砂浜と森のホテルでも、番組を見て行きたいって思ったら、費用は別にして僕も行けたんだなぁって。

失ってみて初めて気づく事がある。
世界中殆ど何処へでも行きたい時に行けるって、なんて素敵な事だったんだろう。

恐らく新型コロナが終息しても、1年くらいは海外に行くのは難しくなるんじぅあないかな。

下手すると2~3年とかも有り得ない話じゃない。今では、世界中どころか国内の移動さえもままならない。

下手をすると《東京から来た》って事を隠さないとならないような状況だし、飛行機も新幹線も乗るのは躊躇われるし、
第一どこへ行っても楽しめない気がする。

いや、それどころか自転車で10分の吉祥寺に行くのも憚られる。
酷い事になったもんだ。

しかし、こういう状況だと、人間の思考ってどんどん内を向いて偏狭になり、心がぎゅーっと目詰まりがしてしまう気がする。
そうなるときっとロクな事になら無い。
下手をすると爆発したり暴走したりする人が激増しそうだ。

取り合えず、《イン・ディスウェイ》という映画を見て、ダークスターサファリっていう本を読んだ。

《イン・ディスウェイ》は、アフガン難民が陸路でユーラシア大陸を横断して、ロンドンまで行く物語で、《ダークスターサファリ》は、エジプトからアフリカ大陸を縦断して南アフリカまで行く旅行記だ。

この二つで、案外と気が晴れた。
元々、映画や小説は、鬱々とした日常から一時でも思考を隔離するための役割が有る。
まさに今、映画や小説の出番だ。

全てが終わったら、僕も旅に出よう。
予定を決めずに、その時々の気分で行き先を決めて、気に入った街に好きなだけ滞在するような旅を。

それまでは、読んだ人が現実から離れて、一瞬でも気が晴れる小説を書こう。





昨晩、いつも行く定食屋でゆうげをした帰りに、井の頭公園を自転車で通った。



桜もボートも池の水もまばらな人も、冷んやりと湿った夜の中で、うすらボンヤリとしてるように見えた。



小さな仮設テントの中に居た二人の監視員は、制服を纏った見た事の無い動物のようで、
制服と腕章を剥いだら、四つん這いになって闇の奥に駆けて行きそうだ。



手持ちぶさたの彼らは、僕の自転車の灯りを睨み付け、今にも吠えそうな顔をした。












何を見張っているんだろう。
池の畔もベンチもテープが貼られ、もう誰も踊る事も唄う事も出来ないのに。