おめでとう真央ちゃん。でも、オリンピックってなに? | 孫と東村山Rhapsody

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今日、午後8時45分頃、ラジオを聴いていたら野球の人が出てていいことを言っていたよ。
野球の人はメジャーリーグでやってた人らしいのだけど野球詳しくないので誰かわからなかった。

で、その人はスポーツを楽しむって言うことについて話してた。
メジャーでやっているときに○○リーグというのがあってすごく緊張してたのだって。で、
チームメイトに「緊張しない?」って聞いたら「何で?」って言われた。
チームメイトいわく、「この○○戦っていうのはナイターで、元野球小僧の親父たちが
子供を迎えにいって帰宅して、やることやってから始まるんだ。
すっかり野球小僧の気分でみてるんだぜ。見てるやつらが野球小僧なら
俺たちプレーヤーだって同じ。見るのもやるのも楽しいのが野球だろ?」

そのあと、その野球の人は野球界でとても有名らしいランディー・ジョンソンという人の言葉を紹介したよ。
「試合は楽しむもんだ。そのためにとてつもない訓練をしてるんだから。」


もちろん私は、お昼のフィギュアスケート見てたのだけど、
この言葉を聞いた時いろんな選手の演技がよぎったよ。
みんな、どれほど特訓して研鑽してきたか。

でね、思ったんだけど、
いいのよ。試合でチャレンジしなくても。
それまでやれたことの集大成でいい、
メダルなんてどうでもいい、
自分の身体能力の限界を4年かけて挑戦してできることできないこと、
多分わかってるんだと思う。
自分の能力と技術を最高にアッピールできる構成を選べばいいのだ、
自分自身にとってのその時の最高のパフォーマンスを演じればいいのだって。


でも、一方では
人間の身体能力の限界を目の当たりにしたい、、、という欲望もある。
まるで漫画みたいにピョーンとジャンプして
4回転とか5回転どころか10回転とかくるくる空中で高速回転している人間を見てみたい、
重力から解放さてるのかと思っちゃうような人間の技をみてみたいと思ってしまう。


限界を意識しその枠組み内で最高のパフォーマンスを演じること、
限界を理解しそれを超える挑戦をすること。
どっちがオリンピック的に評価されるべきかということなんだろうと思う。
そうするとそもそもオリンピックってなんやねん、という話になってくる。

オリンピックは国を掲げてで競うわけだし
日本はいくつメダルをとったか、っていうのがいつも重要なんだけど、
アスリートたちの思いはまた別のところにある場合もあって
見ている側もそう簡単にはすっきりできない。
そういうのを改めて感じさせられたバンクーバ#figureskating でしたよ。