twitterで今話題になっている たかしはるなさん
 





この方と同じような経験をして、同じように逃げ出しました


大人になって、ようやくいろんなことを受け止められるようになったので
整理がてらただただ振り返れたらと

自己満足、そして何かがきっかけでこれを見て同じような人が逃げ出せたらと

ただそれだけのために何回かに分けて、思い出整理



私の家庭は母親がエホバの証人、
未信者の父親と3歳上の兄との4人家族

昔から身体が弱く苦労の多かった母は、兄が3歳で私がお腹にいる時に
家に訪問(奉仕と言って聖書や書籍を家を訪問して渡すこと)で来た人の話を聞き入信しました

今身体が弱く辛くても、いつか神がこの世を滅ぼし、
そのときにエホバの証人として神を信じていれば
完全な体で永遠の命を手に入れることができる、と信じたようです

父はそれが母にとって救いになるなら、と好きにさせていました



なので私は産まれた時には二世(親がエホバの証人である子供のこと)としてずっと宗教教育を受けていました

時代の移り変わりもあり、もうされていないようなこともたくさんあるようですが 
私の育った時代のエホバの証人の教育は度を超えていましたね

有名なもので私も受けたものだと、

『使わなくなった電気コードを三つ編みにした鞭で手の甲やお尻を叩く』

が1番きつかったです




しかもこれを受ける場面が今思うととても理不尽

自分が悪戯をして、なんてそんなもんじゃないです

 
・集会(今は回数が減ったようですが、昔は2時間×週3回の聖書に関する話 普通の教会でいうミサのようなもの)で話を聞いていない、少しでも寝ている

・集会で扱う本(大人が読んでもとても難しい内容)の予習をしていない

・友達と遠出をしたいので奉仕(訪問活動は子供は学校のない土日に行くことになってました)を休みたいと言ったとき

・少しでも聖書から外れた行動(友達から借りた戦闘シーンの多い少年漫画をこっそり読むなど)をしたとき

など、本当に思い出せないくらいやられました
 

言い訳しようものなら1回が3回に、時には10回を越えるなんてことも


お尻なんてのは座れないだけなのでいいほうで、手の甲をされたときにはクッションになる肉がないせいでミミズ腫れになりました

あのときの恐怖は、今でもはっきりと覚えています




普通に考えて、幼稚園に行くような5歳くらいの子供が
大人が読んでも難しい本をみて理解できるわけがない

そんな話を夜の7時〜9時という眠い時間に聞かされて、居眠りしないわけがない

そんなこと、誰だってわかるはずなのに寝たら問答無用で家に帰って叩かれる、そんな日々でした

寝ないように頑張って、それでも寝てしまった日は
車の中で不機嫌を撒き散らす母に怯えて泣きながら帰っていました



そんな母親が世の子(エホバの証人以外の人をこう呼んでます)と遊ばせるわけがないので、
当然私の周りはエホバの証人ばかり

嫌な人ももちろんいましたが、不幸中の幸いにも私の場合は優しい人に恵まれていたのでそれ自体が苦になることはありませんでした


しかし、それはあくまでも檻の中での話であって…


いわゆる『一般の家庭』がわからなかった私は、そんな虐待のような宗教教育も『普通』だと思い込んでました

幼稚園も行ってなかったので、本当に小学校高学年くらいになってようやく『あれ?これっておかしいの?』と気付きました

もしもっと早く気付いていれば虐待として早く出られていたのかも、と思わずにはいられません



私の母はあまり服に関しては煩く言う人ではなかったので (私自身がシンプルな服を好んだ傾向にもありますが…)
たかしはるなさんのように服を捨てられるなんてことはありませんでしたが
幼少期はただただ母からの鞭が恐ろしく、言いなりになっているだけでした


クリスマスや誕生日なんて以ての外、
世の中の楽しいことの大半はサタン的であるとしてやれること、観れる番組、アニメも制限された生活をしていました


何より苦痛だったのが、将来も好きなことをやるためにではなく
いかに宗教を続けられるような職業に就くかの教育をされていたことです


私の好きなこと、やりたいことはあくまでも『エホバの証人』であることが大前提

それから逸れようものなら、鞭で叩かれる、食事を抜かれる、外に出される、なんて日常です



何よりもそれが愛情であるところがまずい

 

単純に気にくわないから、煩いから、なんて理由での暴力ならわかります(もちろん絶対に許される行為ではありませんが)

しかし、母親の行動はすべて私のためを思っての愛情でしかないんです

鞭で叩くのも、思考を殺すのも、全部全部私が将来エホバの証人となり、永遠の命を得るための必要な教育なんです



今振り返るとそこが狂気じみていて1番恐ろしいと感じます



本人は絶対に気付かないんです

私と母の関係が戻らないところまで崩れていることも
すべて私が反抗的であるからと決めつけてます

自分の宗教が招いたことなんて、一片も想像すらしてないんです



どの宗教もこんな感じなんですかね

だとしたら私は神様がたとえいたとしても宗教に入ることはないだろうなと思います



私が洗脳から目覚めて宗教をやめたきっかけやその流れについてはまた後日