Fと同行するツアーに関し、双方同意した取り決めは、

ホテルの部屋のタイプはそれぞれシングルを選択し、

夕食後から翌日の集合時刻までは原則、自由時間としている。

三日目の午前8時前、5階からエレベーターで1階に降りて

集合場所のフロント近くへ赴くとFが待機していた。

「朝食のバイキング、品数も多く美味しかったです。今朝はどうされました?」

「ホテルを早く出て外宮参りしようと決めていたので、

コンビニのサンドウィッチと牛乳でね。

集合を遅めに設定してくれたので朝風呂に入りゆっくりできたよ、

何時ものことだけど、さっぱりして気分爽快や」

ホテルを出て早速、伊勢駅近くにある観光協会に立ち寄り

内宮や外宮へのアクセスなど尋ねると

係員は丁寧に答えてくれたのは勿論、さらに提案もしてくれた。

「ガイドが無料で外宮を案内しますけど、如何ですか?」

外宮は初めてなのでこれ幸いとばかりに周辺で時間潰しをして

約束の9時半に引き返すと、年の頃は60歳代だろうか女性ガイドが現れた。

「定年退職で勤めを辞め、何時も自宅でぶらぶらしても仕方ないので、

外宮ガイドでもと思い立って研修を済ませ、

お客さんと接するのは今日が初めてです。よろしくお願いします」

「外宮参りする道順も分からないので、ガイドさんがいれば大助かりです」

女性ガイドの初々しい挨拶を受け、我々二人を含み凡そ十人の一行は

一の鳥居を潜り火除(ひよけ)橋を渡り外宮の境内に入る。

因みに火除橋とは神宮が火事の際に神域の堀川に架けられた橋で

内宮は境内の中に2つあるとか。

 

外宮への参道の左側を歩く一行(此処は基本、左側通行)

 

「伊勢神宮も内宮は2000年、外宮は1500年前に建てられ

日本で最古の神社と伝えられています……」

ガイドが日本最古と説明するので思わず突っ込む。

「奈良の石上(いそのかみ)神社も日本最古と聞きましたが、

どちらが古いのですか?」

ガイドがどう答えて良いのか分からず困惑している。

「日本には最古と言われる神社が幾つかあるようです。

何しろ正確な記録が無いので分かりませんよね」

自分で投げかけた質問を自らフォローし、その場を収めた。

 

高倉山を背後にした豊受大神宮

外宮の鎮座の由来について、『古事記』や『日本書記』には記載がなく、

創建は雄略天皇22年と推測、建築様式は唯一神明造、主祭神は豊受大御神。

内宮の天照大御神の食事を司る御饌都神(みけつかみ)

衣食住、産業の守り神として崇拝されている。

 

「外宮が出来るまでの500年の間、

朝廷の食事は何処で準備していたのか疑問が残りますが……」

内宮ができたのは2000年前なので500年の空白があると思いつつも、

古い時代だけに何処でもできるだろうと思い受け流す。

 

外宮所管社・御酒殿

この奥に御酒殿が鎮座するが一般参拝者は立ち入れない。

神宮で醸造する神酒が無事できるよう祈るだけでなく、

日本の酒造業の繁栄も祈念されるとか。

 

「此処がまさしく神様の食事を準備をする建物です」

成程、この建物が当時の台所かと見詰め、感心しながら通り過ぎる。

外宮見物の終盤に差し掛かり、精力的に案内してくれた女性ガイドのお陰で

粗方、外宮の概要が理解できたような気がする。

凡そ一時間ばかり彼女の説明を聞きながら同行し、

意思の疎通も図れたと思い込み、

気になる発言の言葉を確かめるべく問いかけてみた。

「ところでガイドさん、神様が、神様がと説明されていますが、

歴代の天皇を言い換えて神様と発言されているのですか?」

「そうですね、神様とは天皇のことですけど……」

「分かりました、単に確認しただけで何の他意はありません」

今でも天皇を超越的存在の如く発言するので問いかけただけ。

それでもガイドは口ごもりながら、

緊張気味に「天皇が、天皇が」と言い続けるので、

普段使い慣れた言葉に戻すよう促してみた。

「あのう、今まで通り神様で結構ですから……」

皆の失笑を誘うなか、ガイドは窮屈な雰囲気から解放され

元の滑らかな口調に戻してくれた。

彼女は初めての外宮案内を無事終え、安心したのか

満面の笑みを浮かべつつ、手を振りながら一行と別れた。

 

平日なのに連結バスが運行するなど人出が多い最中、

伊勢駅前のバス停に出来た長い行列の末尾に並び暫く待機して

路線バスに乗り、内宮前で下車する。

昼食時なので内宮参拝前に「おかげ横丁・おはらい町」に立ち寄り

伊勢うどんと寿司の盛り合わせ定食で先ずは腹ごしらえ。

大鳥居を潜り宇治橋を渡り厳かな雰囲気の参道を歩き

お決まりの五十鈴川の川辺に立ち寄る。

 

五十鈴川の清流で手を洗い、心身共に清めていざ神宮詣へ。

 

伊勢神宮の内宮、皇大(こうたい)神宮

主祭神は天照大御神、創建は垂仁天皇26年(凡そ2000年前)

写真撮影は石段の下からでないと許可されない、

参拝者が転倒する事故などの防止策と推測。

 

長い行列を造り皇大神宮に2礼2拍手1礼をする参拝者達

ここは家族の健康と自らの長寿を願い、神妙な面持ちで手を合わせ参拝する。

 

神楽殿(かぐらでん)

「神楽」とは神遊びとも言い、我国の上古から神事に用いられてきた歌舞。

石見神楽を良く見ているのでどんな歌舞か想像できる、

それにしても立派な神楽殿やね。

 

御饌殿(みけどの)、伊勢神宮で朝夕の供膳を調進する殿舎

 

内宮を一通り巡回して一礼し宇治橋を渡り元の場所へ辿り着いた。

「一昨日から歩き続け疲れたのでこのままバスに乗ってホテルに戻り、

大浴場で風呂でも浴びて部屋で一休みするわ」

歩数計を確かめると既に二万歩を超えている、年寄りに無理は禁物。

「私は東京から折角来たので、これから後悔しないように、

周辺の猿田彦神社とか見物して、おかげ横丁で土産物でも買います。

それでは、一旦、此処で別れましょう」

Fは一生に一度は伊勢参りをしたいと切望していた。

果たして彼の希望は満たされたのだろうかと思いを巡らす傍ら、

さらに歩き回る元気があれば心配しなくても大丈夫だろうと一息吐き、

伊勢駅行きのバスに揺られながらホテルを目指した。

 

(写真撮影は5月15日水曜日、晴れ時々曇り夕方降雨)