友達に話したら、すごく面白いと言われたので、我が父とのあれこれを、思い出しながら記事にすることにします。
88歳になる父は、短気で、頑固で、ワガママです。
年を取っても、穏やかにはなりそうもなく、気をつけていないと「江戸っ子は、気が短いんんじゃ!」と言いながら、「バカ者ッ!」と怒鳴られます。
もっと怒ると、「大バカ者ッ!」になります。
四人兄弟の末っ子で、親にも兄や姉達にもキツい言葉を言われたり、大きな声を出されたことがないと言う友達と違って、私は怒鳴られ慣れたので、夫が大きな声をだしても、ビビりません。
私が高校3年になって、「東京の大学へ行きたいんだけど」と言った時、母は「この子は、しっかりしてるから、出してやっても大丈夫だと思う。私の娘だし」と言ってくれたのに、父は「絶対ダメ!俺の娘でもあるから、何をしでかすか、わからん」と言い、 自宅通学しかダメ!婚期が遅れるから、浪人はダメ!国立か公立の大学でなきゃダメ!」と制限を付けたのです。
しかたなく、言うとおりにしました。
3年後、弟の進学に際しては、「下宿してもいい!浪人してもいい!私立でも、どこの大学でもいい!“裏口入学”でもいい!」なーんて言うんです(-_-#)。
弟は、私と違って身体が弱く、よく熱を出して学校を休んだので、勉強についていけなくて、学校も好きではなくなったようで、大学へは行かず、家の商売を手伝うことにすると言いました。
あまり勉強しなくてもいいと思う娘は、勉強したいと言い、大学に行かせたい息子は行きたくないと言う。
思いどおりにならない二人の子供達に、父は「お前の育て方が悪い!」と、母に八つ当たりしていました。
母は、気が強い私と違って言い返したりしないので、「はい、申し訳ありません」と答えていました。
その後、短大を無事卒業し、就職した私が、休日に寝転んで雑誌を読んでいたら、父が 「お前は、色気がないなぁ。モテないかもな」と言うので、つい「親の前で“色気”出してどうするのよ!お父さんに似たから、この顔で、お母さんに似たら、もっと美人だったのに~」と恨みを込めて言ったら、「なにッ!お父さんは、モテたんだぞ。俺の名前を呼びながら死んだ女が三人もいる」と言うんです。
一人なら信じたけれど、三人なんて信じられず、「お父さん、あちこちに借金でもしてたんじゃないの?」と言ったら、「なんだとッ!バカ者!」と、怒られました。
最近は、三人って言ったかな?と記憶力があやしくなってきました。
九十九里浜で、近衛連隊としてアメリカ軍の上陸に備えて演習をしていたら、終戦になり、東京へ帰る時、近所の未亡人が干物をたくさん抱えて追いかけて来たと自慢げに話していました(^_^;)。
その頃、農家から買って来たジャガ芋を蒸して、毎日食べていて、もう一生分のジャガ芋を食べたから、俺にジャガ芋は出すな!と結婚したばかりの母に厳命したそうです。
(続く)
88歳になる父は、短気で、頑固で、ワガママです。
年を取っても、穏やかにはなりそうもなく、気をつけていないと「江戸っ子は、気が短いんんじゃ!」と言いながら、「バカ者ッ!」と怒鳴られます。
もっと怒ると、「大バカ者ッ!」になります。
四人兄弟の末っ子で、親にも兄や姉達にもキツい言葉を言われたり、大きな声を出されたことがないと言う友達と違って、私は怒鳴られ慣れたので、夫が大きな声をだしても、ビビりません。
私が高校3年になって、「東京の大学へ行きたいんだけど」と言った時、母は「この子は、しっかりしてるから、出してやっても大丈夫だと思う。私の娘だし」と言ってくれたのに、父は「絶対ダメ!俺の娘でもあるから、何をしでかすか、わからん」と言い、 自宅通学しかダメ!婚期が遅れるから、浪人はダメ!国立か公立の大学でなきゃダメ!」と制限を付けたのです。
しかたなく、言うとおりにしました。
3年後、弟の進学に際しては、「下宿してもいい!浪人してもいい!私立でも、どこの大学でもいい!“裏口入学”でもいい!」なーんて言うんです(-_-#)。
弟は、私と違って身体が弱く、よく熱を出して学校を休んだので、勉強についていけなくて、学校も好きではなくなったようで、大学へは行かず、家の商売を手伝うことにすると言いました。
あまり勉強しなくてもいいと思う娘は、勉強したいと言い、大学に行かせたい息子は行きたくないと言う。
思いどおりにならない二人の子供達に、父は「お前の育て方が悪い!」と、母に八つ当たりしていました。
母は、気が強い私と違って言い返したりしないので、「はい、申し訳ありません」と答えていました。
その後、短大を無事卒業し、就職した私が、休日に寝転んで雑誌を読んでいたら、父が 「お前は、色気がないなぁ。モテないかもな」と言うので、つい「親の前で“色気”出してどうするのよ!お父さんに似たから、この顔で、お母さんに似たら、もっと美人だったのに~」と恨みを込めて言ったら、「なにッ!お父さんは、モテたんだぞ。俺の名前を呼びながら死んだ女が三人もいる」と言うんです。
一人なら信じたけれど、三人なんて信じられず、「お父さん、あちこちに借金でもしてたんじゃないの?」と言ったら、「なんだとッ!バカ者!」と、怒られました。
最近は、三人って言ったかな?と記憶力があやしくなってきました。
九十九里浜で、近衛連隊としてアメリカ軍の上陸に備えて演習をしていたら、終戦になり、東京へ帰る時、近所の未亡人が干物をたくさん抱えて追いかけて来たと自慢げに話していました(^_^;)。
その頃、農家から買って来たジャガ芋を蒸して、毎日食べていて、もう一生分のジャガ芋を食べたから、俺にジャガ芋は出すな!と結婚したばかりの母に厳命したそうです。
(続く)