ふんわりこんの基本情報(生い立ち)
ふんわりこんの生い立ちについて 今回はふんわりこんの生い立ちについて紹介したいと思います。特に宿泊とは関係ない部分が多いです。 宿泊に関してはホームページを参考にしていただければ幸いです。ペンション ふんわりこん【公式ホームページ】- 電話予約がお得ご予約は公式ホームページからお電話が一番お得! ペンション ふんわりこんの公式ホームページです。富士サファリパーク, ぐりんぱ, 富士山こどもの国, 御殿場プレミアムアウトレットへのアクセス良好。ホテル・宿をお探しの皆様、富士山を望む高原の小さな宿で、ゆったりとリラックスされるのはいかがですか。funwarikon.com①ふんわりこん開業 ふんわりこんは1985年3月に現オーナーの両親が脱サラして始めたペンションです。当時全国的にペンションが流行り、カップルを中心に各地でイベントなどで盛り上がりました。ふんわりこんも例外ではなく、開業後はたくさんのカップルや若者グループなどで賑わい、時には現在の婚活パーティーのようなものも開催されていました。 というのも、ペンションは当時、基本的にはツインルーム(ベッド2つのお部屋)が主流で若者がデート、グループ活動、登山、アウトドアスポーツを行う拠点として使われることが多かったです。②ふんわりこん熟成期 若者中心の社交場であったペンションは、徐々に若者からファミリー向けの宿泊施設へと業態を転換していきます。 それは当時の若者が結婚、出産し、家族単位での宿泊が増えたためだったり、ふんわりこん周辺の観光が、富士サファリパークやぐりんぱ(旧日本ランドHOW遊園地)、富士山こどもの国などお子様向け施設が多くなったためだと考えられます。 それに鑑み平成17年、ふんわりこんもツインルームが主流だった施設を改装し、岩風呂(貸切家族風呂)を建設、ツインルームからカルテットルーム(4人部屋)に改築、各お部屋にシャワールーム・バスルームやトイレを設置するなど、ファミリー向け施設へと転換しました。 もちろん現在でもカップルの方やグループの方にも楽しんでいただけるようになっています。③ふんわりこんオーナーの交代 ふんわりこんは私の父・時田建滋が母とともに創業しました。父は当時富士市の製紙会社、母は保育園で働いていましたが、一念発起し新築のペンションを建設しました。当時はバブルで建設費用も高かったと思います。 当時3歳だった私は、開業時のことはあまり覚えていませんが、父と母が毎日忙しそうに働いていた印象があります。 震災や米不足、リーマンショックなど様々な困難期がありましたが、父と母はなんとか営業を続けて私と弟を育ててくれました。 父はたくさんのお客様や業者さん、仲間に支えられておりましたが、持病が急に悪化し、2007年10月に永眠しました。 父の死去時、私は海上自衛隊の護衛艦乗組員として勤務しておりましたが、親戚や仲間、家族に協力してもらい、海上自衛隊を退職し、ふんわりこんを相続させていただきました。④ふんわりこんのこれから相続後はワインソムリエの取得、コーヒー焙煎技術の習得に力を入れ、料理は母の協力のもと妻が日々研究に励みながら、今に至ります。 現在はコロナ禍をなんとか乗り切り、自由に旅行ができるようになる日を夢見て、今できることを精一杯やっていきたいと思います。