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ふんわり堂日記

ふんわり堂*からだを整える施術所* 理学療法士・整体師。身体と心はひとつ。「身体に訊く」を大切に、科学と感覚の両面から、あなた本来の健やかさを育むヒントを綴っています。

私たちは、「記憶」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。

多くの人は、「記憶は脳に保存されている」と考えます。

もちろん、それは間違いではありません。

でも、私は整体師・理学療法士として多くの身体に触れてきた中で、ある疑問を抱くようになりました。


記憶は、本当に脳だけにあるのでしょうか。


身体が先に反応する瞬間

例えば、こんな経験はありませんか。

昔いじめられた人に似た雰囲気の人に会うと、理由もなく緊張する。

昔よく聴いていた曲が流れると、一瞬で当時の感情がよみがえる。

頭で思い出そうとしなくても、身体が先に反応してしまう。

これは、脳が過去の経験と現在の状況を結びつけて、自動的に反応しているためだと考えられています。

つまり、「身体が記憶している」というよりも、脳と身体が一体となって過去の経験を再現しているのです。


臨床現場で感じること

私は施術をしていると、不思議な場面に出会うことがあります。

肩や胸まわりがゆるんだ瞬間、過去の出来事を急に思い出されたり、「なぜかわからないけれど感情が溢れた」と話される方もいます。


もちろん、それだけで「身体にトラウマが保存されていた」と断言することはできません。


しかし、身体がゆるむことで、抑え込んでいた感情や記憶が意識に上がってくることは、臨床の現場でも少なくありません。


そのたびに私は思います。


身体は、心と切り離せない存在なのだと。


「身体はトラウマを記録する」という考え方

精神科医ベッセル・ヴァン・デア・コークは、『身体はトラウマを記録する』という著書の中で、強いストレスやトラウマ体験は、単なる「思い出」ではなく、身体の反応として残り続けることがあると述べています。

例えば、

・肩に力が入り続ける

・呼吸が浅くなる

・眠れない

・理由もなく身体が緊張する

これらは筋肉だけの問題ではなく、神経系が「危険はまだ終わっていない」と感じ続けている状態なのかもしれません。

私はこの考え方に、とても共感しています。


からだの声を聞きなさい

今から25年ほど前に、リズ・ブルボー著

「からだの声を聞きなさい」

という、一冊の本に出会いました。

からだの声を聞きなさい〜あなたの中のスピリチュアルな友人〜


自分のからだは、自分を1番理解している友人だと

リズ・ブルボー氏は語ります。

身体には、それぞれ象徴的な意味があると考えます。

例えば肩。

肩は、重い荷物を持つ場所です。

だから昔から、

「責任を背負う」

「肩の荷が下りる」

という表現があります。

もちろん、これは医学ではありません。

でも私は、この言葉が何百年も使われ続けてきたことに意味があると思うのです。

人は昔から、身体と心がつながっていることを、感覚的に知っていたのではないでしょうか。




私の仮説

ここからは、私自身の考えです。

私は、身体そのものが記憶を保存しているとは思っていません。

でも、

身体には、「記憶の入り口」があると思っています。

背中や胸がゆるむ。

呼吸が深くなる。

すると、忘れていた感情や景色が浮かんでくる。

それは、身体の奥に閉じ込められていたものではなく、

身体が「もう思い出しても大丈夫だよ」と教えてくれた瞬間なのではないでしょうか。

身体は、記憶の倉庫ではありません。

でも、記憶へと続く扉なのかもしれません。


身体に触れるということ

整体とは、骨格を整えることだけではない。

筋肉をほぐすことだけでもない。

私は、身体に触れるということは、

その人の人生に、そっと触れさせてもらうことだと思っています。

だから私は、「治す」という言葉よりも、「整える」という言葉が好きです。

身体が整うことで、

考え方が変わることがあります。


その変化は、私が与えるものではありません。

もともとその人の中にあった力が、もう一度動き始めるだけなのだと思います。


今日の問い

もし身体が、記憶への扉だとしたら。

あなたは今日、自分の身体に、どんな言葉をかけますか。


ふんわり堂🌿