ふと、思った。
神様はいない。
もし、"いる"のが前提で話すのであれば、
神様は自然そのものなんだろうな、と思った。
人間が80年たらずで死んでしまい、
多くの人がその短い人生だけでは大きな軌跡を残せないからこそ、
神聖な存在を構築して、不可侵な聖域の存在を創り上げた。
そこから派生した宗教は多種多様だけれど、
それで啀み合う人たちがいるのも事実で。
人が自ら創り上げた偶像で、
人が人を殺し合う歴史を重ねてきたのも、真実で。
人は、社会活動を営み、経済活動を興し、
人ひとりとしての発展ではなく、人類規模の進化を歩んでいるからどうしても気づきにくいけれど、
まあ、
食べる・寝る・うんちする・子孫を残す
普通の動物なわけで。
動物は自然が産んだ"細胞"の進化系なわけで。
つまりは、人も自然。
人間が創り上げた、神様という存在も
いきつくところは”自然”な存在なんだろうね。
「神頼み。」
っていうじゃない。
神に頼ってる自分に安心してるけど、
結局よく考えたら、自分がなるようになるべくして進んでいってるだけで。
自分は、神社に行くと必ずお参りしています。
でも、特定の宗教には入っていません。
だって、そこに神様がいるんだもの。
お参りしている自分、
冷静に、神様なんていないよ~っていう自分。
別に多重人格でも何でもなく。
人間(日本人限定?自分限定?)はご都合主義なんだなー。
"God"としての神様はいないかもしれないけれど
"Nature"としての神様は、存在し得る。
そんなことを考えたら、人間って
ほんと~~~~~~~に大勢の人が大した歴史を刻むことなく
死んでいくんだなーって思って。
歴史の教科書にのっている人の名前なんて、人類のごく一部。
菅総理だって、オバマ大統領だって、凡人です。
今世では影響力はあるけれどね。
100年後に菅総理の名前出しても、なにそれ?って言われちゃう。
じゃあ、自分は・・・
自分の小さいころの目標、歴史を刻む大業をするというのは
さすがに現実的に考えて無理そうなので (諦めてはないが)
いつか。
自分の手で、自然を作ろうかなと思う。
どっかの田舎で、畑作業して、
農作物作ったりして、そんなスローライフで、
自然を作る側の人間になれたら。
もしかしたら、
自分は神様を作る存在になる?(笑)
まあずっと先の話。
また明日も、人間として、経済社会の一歯車として、
会社に行きます。
毎日の小さな悩みに苦悩して、小さな幸せに一喜一憂して、
大きな目標を見失いそうな日々を繰り返してしまうんだろうけれど、
自分はいつか、夢をつかむ。
いつか自分だけの夢を手に入れるために、
いまはそれを忘れて、ちっぽけな人間として前向きに生きていくわー。
青汁のんで、ビール酵母のんで、
油満開のラーメンやら牛丼やらマックやら
くってたら意味がないけど~