いつの間にか息子は成長して、昨年の8/22から「お兄ちゃん」となりました。
ちょうど一年で顔つきもすっかりかわったな☆立派や!!

昨年は4月からたった2歳半の子供が一人で台湾の義理両親の家で生活が始まり、覚えだした日本語からいきなり中国語(半分は台湾訛り)環境に移り戸惑ったやろうな。。
そして、ママが7月に台湾に戻ったと思いきや赤ちゃんを出産。君の弟が誕生。
パパは弟が誕生する直前と誕生した後の二回突然現れたと思ったら、光の速さで居なくなる。
まだ小さい君は一体どういう風に感じてたんやろうか?
パパの想像を絶する程の寂しい思いと戸惑いをしていたんやろうと思う。
11月にはせっかく慣れた台湾での生活から、日本に移動。友達もできて、色んな自己主張は台湾語でできて、何不自由なく生活を始めていたのにな。
日本に帰ると、居るはずのパパが居ない。しかもママは次男坊の世話が中心になり、君の要求をなかなか聞いてもらえない。周りには忘れてしまった日本語でコミュニケーションする人たちがいる。顔は覚えているのにコミュニケーションができない。
日本のおじいちゃん、おばあちゃんが居るけど、何を話しているか解らない。
だんだんと君が頭の中でパニックになってきていたことはパパにも理解できたで。
昨年12月末。パパがアメリカから1週間だけやけど帰国したとき。パパは、君のその小さな体、小さなハート、小さな脳裏に抱いている辛い思いと、反面立派な経験をしてきた君の成長をパパは感じたで。
たった一週間やけど君と遊んだ毎日。君に、日本語と君の理解している中国語は違うものだけと同じ意味があることを一緒に学んだ毎日。一緒に音楽に合わせてダンスした時間。
君はやっと、自分の周りにある環境を理解したんやと思う。
君は今年の4月から今度は日本からアメリカへ移る。でも、今度はこれ迄と違う。
パパが居る。
英語という新しい言葉での生活が始まるけど、パパが居る。そしてもちろんママも居る。弟も居る。
やっぱり家族は一緒に生活した方がベターやとパパはこの一年で感じました。
そして、君はよくこの一年耐えてくれました。
ありがとうな。
いつの間にか、長男坊へのラブレターになってしまった^^;
2014.1.5 PaPa-Daddy, Hiroより