富士山

日本の Bandで 一番
LIVEに 足を運んだ
GodBandUKADAN
ニュースステーション
テロップ関係の
仕事をしていた 友に生を さそわれていってから すげー Bandが いるんだって
洋楽ロックや バンクヘビメタ
BLACK
JAZZなんでも きいていたがやはり74年あたりは
フラワーロック 70年代
ロックファンは はずせない!
ちょい Americanロックやへびめた
の Countryっぽいのも
きいてはいたが、
UKパンクがでて
ショートヘアーが
めちゃかっこよく
で いれこんだ 時代
和製BLUESU.K.パンクを
11PMで みる
かれらは
まさに Punkバンドかと
おもいました
!のちに ピストルズクラッシュやNYパンクに 影響され 日本人パンクバンドが こぞってでたが
やはり ゆうただんこそ
パンクであったのだ
BLUESBLUESって いわれてるけど~
傑作アルバム
洋楽 邦楽 越えて
デビューアルバム!タモリ氏が つ
憂歌団をラジオで
よく かけていて視聴者にブルースを
日本語でうたう
いっぱい 紹介されてました
お笑いの 世界の 当時おもいましたが
JAZZ研究の
音楽通の タモリさんですね

プロレス愛の
当時ベースの 花岡さんつながりはで
あの 最強
前田日明あにきの次テレホンショッキング紹介されたのは
憂歌団!え?でるの
ワクワクしました
木村さん
楽しみすぎて
テレビなんか みないのに
これは まちにまってましたよね
憂歌ファンプロレスファンは
どこか
つながってました
もはや
タモリ氏木村さん
は 伝説的な
空間でした ぺぽぺぽすぎて
もはや おふたりの
世界が 宇宙を越えてましたね
アドリブだらけ
の 醍醐味

ジャンルは 関係なく音楽ライブ脈人生ではあったが ロック系
プログラムが 笑えるほど分厚い
ストーンズから ブルースを憂歌から
Countryブルースを
ロックは ブルースの 原点
商業路線から
一般
まわりが ほとんどいったかんじの
MadonnaMICHEALは いかなかった記憶でありますが
あのころは まさに
洋楽 で もりあがってましたよね
しらないひとは
しらないけど自分の 好きな
あーテストがすきな音楽を
きいてゆく
これは 一番 音楽ファンの楽しさでもありますね
やっぱり
原点は
むこうの 曲
日本の
ロックも かなり
原曲を Arrangeして
自分のせかいにしているわかりやすく
ことばでそれがまた 大切なんであらはますね
ビージーズ
クラプトン ディラン
クィーン キッス スコーピオンズ
ジェフベック くるせだーず
デュービー リンダロンシュタット
レーナードスキナード
イーグルス ジャパン ロッド
サイモンガーファンクル
ポリス チープトリック
バックターナーオーバー
ELO
サードワールド ジミー・クリフ
ピストルズ クラッシュ
スコーピオンズ ピンクフロイド
たまに
ライブで
同じ会場の空間に
いたと おもわれる同士に 遭遇すると
なかなか そんな
同士には
ほぼめぐりあわないが

江戸に
いたから ドームや 武道館
など すぐ いけたように
おもう!
日本は クリエイション
村八分
ローラーコースター
ブルースカーニバルは
よだれものの
Artistを 生で みれた
ライブの 原点は
やはり ライブハウスだと
いうことである
でかいとこも
そうでないとこも
自由に その空間をかえる
ストーンズは ばかでかい
ドームを
ライブハウスのような 錯覚をさせる
やはり ずっと ころがりつづけてゆくんだなぁ と
↓そう
わたしにとり
憂歌団は
なくては ならない
偉大なる GodBand
からわらない
永遠に!
でブルースの つながりを
だんだん 旅すると
音楽みえないなにかを
感じれて また
旅できます

現在
存在しない
憂歌団では あるが
永遠である

テレビ朝日の ニュースの
テロップの 仕事をしている
友達におそわり わたしは
しった 70年代初期
LIVEIN(老舗ライブハウス
そこから いろんな バンドが はばたいていった伝説的な?ライブハウス
初めて
サインというのを
憂歌団しらないと
もぐりっていわれたって
業界のひと
音楽すきな ひとがおおい
どんな のを きいてるんですか?
で ゆうかだん というだけで
音楽 ブルースDEEPに
もりあがった という
70年代
~80
RESPECT
だんだん 路線が かわっていくのでは あったが
根本は やっぱり
LIVEの 魂
ChristmasEveに
書いてもらった RESPECTGodBand
37年前なんかぁ !
やっぱり 素晴らしい バンドでしたよね それ以上以下でもない
唯一無二!
だから カバーを RESPECTして
いる バンドとかあると おっ!とかおもったりする
すばらしい世界が、
うけつがれる
素敵な
ファン すきで 楽しんで自
憂歌団だから!
自分に とり 大切な 存在
ボーカルが 木村さん ベースが 花岡さん ドラムが 島田さんギターが 勘太郎さんだから
だから
ほかの ひとが うたっても
もはや
別物なんである




↑
ジョンレノンと YOKO魂
感じたくて ストロベリーフィールズを歩いた
この 憂歌団の
LIVEProgramの
に 愛たくて
🗽旅した 記憶だ!
ジョンレノン
UKDAN

まちがいなく
ライブ
を 一番
現場に
いった 唯一の ゴッドBandである
70年代
日本の
BLUES界
を 引率してきた
バンドであった
今の 若い世代の
音楽ファンや 両親が
音楽ファンであったり
音楽の世界に
携わったひと
憂歌団は
別格であった
宝島とか
よく 読んでいた
ライブは
生もの
一瞬一瞬
魂で
体感した
あのころ
やはり
神様が くれた
贈り物である
あらためて
また きいてみよう
ジャンルを 越えた
音楽を越えた
世代を 越えて
RESPECTされつづける
ぶつかりあった
魂
紛れもない
木村秀勝
花岡憲二
島田和夫
内田勘太郎
憂歌団
やっぱり
ありがとう
って
半世紀たっても
そして
また 宇宙をこえて
形こそ
かえて
DNAが
受け継がれてゆく
が 唯一無二なのである
だから もはや
存在は しないが
魂は のこる

シカゴブルースカーニバル
日本人で はじめて参加したのは
有吉(Ariyo)須美人
シカゴで 活躍する レジェンドBLUESマンからRESPECTされている
Ariyo%%
バンドとして 参加初は
憂歌団だ!
↓
シカゴ談義や
音楽について!
憂歌団ファンには
宝
好きRESPECT好きな 自分にとり バイブルみたいな感じだ
それぞれの
自分の ことば だから

懐かしい!


↑
シカゴブルースフェステイバル1989年6月11日
フロントポーチ出演後
ARIYO ありよし
MUDDYウォーターズ元マネージャースコットキャメロンと
![]()
![]()
30年近くぶりの
ボスと ありよ再会~
ぶるぎゃんしぶかったね ~

最高 Smile~!シカゴ~!💙 💚

ブルースカーニバルは
毎回すかさず
いっていたから
LEGENDたちを
生で みれて
よかった
シカゴブルースフェス
やっぱ いかなきゃね
~
BilllieBranch with the Son of Blues%Ariyoのみたいぜ
最高のいかした
BLUESBand
ブルギャン
ユニットの
シカゴで
活躍しとる
自分は ブルースピアニストで
ありよが いいなあって
音楽の 話つきなく
🎹 花岡社長ももありよは シカゴで
がんばってる すごいなぁ っていっていた
楽しみに!💙
↓
こちらは 木村充揮自伝
木村さんの 自伝だ
憂歌団
と 木村さん
ファン音楽ファンなら
必須の 一冊



